第19話 雑貨屋の目利きと鍛冶屋の手帳

「さっ、商売の話に来たんじゃない? それとも普通に買い物?」


 本題について水を向けてくれた雑貨屋のマーサに感謝しつつ、本来の用件を俺も話しはじめる。


「実は近場で露店を出させていただくので、そのご挨拶に」

「ああ。それね。聞いてる聞いてる。ライバルかあ。負~け~な~い~ぞ~」


 煙管を口の端で噛みながら、のんびりとした動きで脚を組み、やる気なく両手を持ち上げてクマみたいなポーズを取る。服が、ものすごく伸びている。

 そしてパッと腕を降ろして脱力したポーズに戻る。


「むしろ歓迎。村のオサイフたちは紐が固くてねぇ~。店が増えて買い物たのしい! ってなってくれたら、いつも塩しか買ってかないオバちゃんたちも、ガラス皿とか、あーしが推してるグッズも買ってくれるかもしんないし」

「ははは……そういうことなら、ありがたいです」

「それに、行商なんでしょ? ウチで買うものもあるだろうし。お客さんも増えて、うーん……まあ、それはいいか。でも歓迎はホント。もう毎週来ちゃいなよ。 イグニカちゃんに会えるし大歓迎~」


 客が来るのはメンドクセーって空気が漏れてるぞ! マーサさん!

 しかしこの、ものすごくゆる~い空気。これ、伝染でもするんじゃないのか?

 肩の力が抜けてきてしまう。


「ハハハハ、そのご様子で申し上げるのもなんですが……実は、卸先を探せればとも思っているのですが……」

「えー、鍛冶屋でしょ? 出来上がり売ってあるのもありがたいけど、修繕だって足りてないから卸じゃなくて店開いてきなよォ?」


 修繕! すっかり頭から抜けてた。

 研ぎだって需要があるじゃないか! 商品を用意した露店じゃなくて、刃物研ぎますって露店でも無一文脱出できたんじゃないのか!?


「それにさー、あーしもぶらぶら見に行きたいしねー。あ、でもエルフの鍛冶っていうのも気になる。推せるなら扱いたいかも。どんなの売ってんの? 見せて見せて」


 ぐいっと乗り出してくるマーサ。──おお、また乗っかった。

 というか、見に行きたいって店はどうするつもりなんだろうか……。


「イグニカ。荷物をいいかな?」

「はい。主」 


 エルフの鍛冶が気になるというマーサのリクエストに答えて、商品として持ってきたリーフソードを取り出してカウンターに置く。


「へえ……──」


 目つきが変わった。

 眠たそうな目の奥に光が宿り、商品を見定める商人の顔になる。


「う~ん、綺麗な形。惚れ惚れするね、この流線。無駄な細工もないしシンプルに見えるけど、軽量化も兼ねた血抜き溝が付いてる、それに重心が腕にピッタリ寄り添ってくるみたい」


 ヒュッと手の中でリーフソードを返し、腕を上下させながら握りを確かめる。


「いい剣。これ、カッツィオが作ってるの?」

「ええ」

「ふうん……──。若いエルフが里を飛び出して覚えたての鍛冶で食いつなぐなんて話じゃなさそ。それに、この刃。切れ味すごいでしょ。随分いい鋼使ってるね……」

「ああ、切れ味をお試しになりますか?」

「うん。ちゃんと傷とか付けないようにするから。安心して?」


 手近なところの籠から切り分けられたホールチーズの一片を持ってきた彼女が、それをカウンターの上にゴトッと置いてから、リーフソードの刃を当てる。

 彼女が腕に力を入れると、ストンという音とともにチーズが真っ二つに切れた。その断面を覗き込み、彼女は沈黙する。

 さきほどの音の通り、硬そうなチーズだが……ほとんど抵抗なく切り落とせているのだから悪くはないだろう。


「想像以上。──随分切れるね。この剣。一体いくらで売るつもりだったの?」

「あー……──お恥ずかしながら、こちらの相場には疎く」


 ニルケルススの話じゃ、金貨1枚が銀貨10枚だよな? ワインが銅貨程度なら、剣は銀貨数枚くらいだよな? ここは……3枚程度にしとくか。


「──銀貨3枚程度かと」

「冗談? これならレイブン銀貨15枚は取っていい質だよ?」


 レイブン銀貨? あれレイブン銀貨っていうのか?


「レイブン銀貨……えーと、銅貨20枚分の……」

「クヌート銅貨で20枚くらいなのは大公銀貨ね。なんでそんな都会でしか使わない銀貨のことを知ってるのに相場がわからないかねえ……こちらではあまり商売をしてないとか?」

「ええ、その……こちらには来たばかりでして……」


 リーフソードの品定めを終えたマーサは、油布を手にしているイグニカの方を向いてそれを渡して「ありがと」と声を掛ける。

 そしてこちらに振り返ると、俺の顔を見るや大笑いしだす。


「なーにそのすごい困り顔! 右も左も……って顔してるじゃん! 顔に出過ぎるにも程があるでしょ!! あー面白いなぁもう……」


 ひとしきり大笑いして涙目になったマーサは、目尻の涙を拭きながら笑いを堪えつつ質問を変える。


「──んで? とりあえず、その剣は高く売れなきゃまずいやつ?  開店大売り出しってことで、レイブン銀貨10枚くらいにしとけば見栄っ張りが背伸びして買うかもね。うーん。お得すぎるか。あーしが買いたい」

「こちらもその価格で特に異論はないので……買ってほしいところですが……正直、こちらの通貨の手持ちが非常に心許なく……」


 うーん、と呟きながら肉感的な唇を尖らせるマーサがカウンター下から銀貨を取り出して積み上げる。


「あーし、得するのは好きだけどいい品を買い叩くのは嫌いなんだよねえ……。じゃあ、レイブン銀貨11枚ならどーお?」

「もちろん、ありがたいです!」

「あっはっは! だめだめ。もっとがめつくしないと! そこは14枚!

っていくか、一晩付き合ってくれるならいいぜ、くらい言ってのけなきゃあ」

「一晩。 一晩? ……えっ! 一晩!?」

「主? 一晩がどうしたんです? 一晩?」

「いやいやいや、なんでもない。なんでもないからイグニカさん」


 マーサは俺とイグニカを見てぐへへとでも言いそうなニマニマした笑顔を浮かべている。なんか、おもちゃにされてるんじゃないのこれ!?

 

「じゃあ、レイブン銀貨13枚。開店祝い込で。──その様子じゃあさー? こっちの通貨は多少もっててもロクに崩せてないんじゃない? 銅貨は大丈夫? 何枚かは銅貨に崩してあげよーか」


 遊ばれてると思ったけど天の助けだ……! ありがてえ……!!

 ……もしかして、ニルケルススに続いて大チャンスじゃないのかこれ? ええい、ここはもう、思い切って聞けるだけ聞いてしまえ!


「本当に助かります……! 恥ずかしながら、通貨の種類も一部しか知らないじょうたいで、レートもわからず……!! ご教示いただければ……お礼は必ずさせていただきます……!!」

「お礼……? イグニカちゃんとお酒飲んでいーい? あ、一晩とかじゃないよ? さすがにそんな悪辣じゃないからね?」

「──本人とご相談ということで、どうでしょう? ……口添えはさせていただきますので」

「乗った」


 ニマァと笑ったマーサは、いつの間にか一步下がったところに移動して窓の外を見ていたイグニカに声を掛ける。

 

「よーし、やる気がーでてきたぞー。イグニカちゃんもカッツィオといっしょに話聞いてく? それとも店の品見てのんびりしてる?」

「私は店員……じゃなかった、店員も兼務する傭兵……──なので、お話を聞きたいです」


 イグニカさん!? それなんか設定ですみたいな感じになってるけど大丈夫!?


◇◆◇


 マーサの説明はゆるゆるとした調子だが、的確でわかりやすかった。

 貨幣を何種類もあれこれ扱って計算をしたりした経験がない俺からすると、一番下の単位にそろえて額面表示にしてくれという気分だ。

 レート計算が正直めんどうくさい。電卓が欲しい。

 対してイグニカはあっという間にレート計算を使いこなし、貨幣間の両替手数料の感覚まで掴んだらしく、マーサにものすごく褒められて照れ照れしていた。


 リーフソードの代金はマーサが厚意で崩してくれ、レイブン銀貨5枚分にあたるハルツ大公銀貨1枚、2枚分にあたるクヌート銅貨40枚、1枚分にあたるペルト銅貨100枚、そしてそのまま5枚、〆てレイブン銀貨13枚分の硬貨で支払ってくれた。


 イグニカはすぐに両替手数料に気が付いて俺に進言してくれたが、それを聞いたマーサはニマニマしながらこう答えた。


「やーだー!もう尊い。賢くて尊い。あーし、もうイグニカちゃんのファンだわ。手数料いらない。イグニカちゃんが困らないならあーしは本望」


 イグニカは照れるを通り越して困惑していた。

 俺もマーサにしっかりと礼を言って、授業料だけでもと申し出たが、それも受け取ってもらえなかった。むしろ、ずいっと身を乗り出して、念を押された。


「今夜、酒場で待ってるから。絶対来てよ。イグニカちゃんだけでもいい、むしろそれも歓迎。カッツィオは遅れてもいいし途中で酔いつぶれてもいいし、露店しててもいいから!」

「……──ハイ」


 扱いの差がなんか既にすごい気がする。美は力なり、カワイイは正義か……。

 まあ、イグニカが好かれてるんだから喜ばしいことだ。



◇◆◇


 マーサの雑貨屋から出て、ようやく俺達は広場で店を開く準備をはじめた。

 と言っても、敷物の上に並べるだけだから大した手間があるわけでもない。こちらでは商品に値札を付けるのはあまりやらないらしく、露店なら口頭で価格を尋ねるのが当たり前ということらしいのでそれに習うことにする。

 問題は値付けである。

 リーフソードがレイブン銀貨15枚が相場として、他のものはどうか?

 とりあえずは使用しているインゴットの量とインフィニティ・オンラインでの難易度に準じることにして、ザッと手帳にまとめてからイグニカと共有する。


 開店準備が一段落してから空を見上げる。

 日差しからして、ちょうど正午あたりというところだろう。

 買い物客が出てくる時間からは外れているだろうが、何事も経験だ。

 まずは存在を認知してもらうことが一番大事である。

 

 と、殊勝なことを思っていた時期がありました。


「包丁研ぎはやってないの? 最近切れ味が落ちてるのよ~。」

「鍬の予備の刃はないんか? こいつはいくらだ? ん!? 高いな!? あ、こりゃ鋼か……うーん……」

「鋼なら鎌はないか? 替え刃でええんだが」

「かーちゃん!!見ーてー!!槍ー!!」

「うーん……いい短剣だ。しかし、買い換えにゃあちょっとなあ……かあちゃんにどやされちまう……でもなあ……いまのも古びてきたしなあ……」

「小さい包丁はもうあるのよねえ、もっと大きいのないの? 羊潰す時に使うやつ」


 需要とこちらのワイルドな世界観を理解していなかったようだ。

 ワッ! と囲まれはしたものの、次々に売れるというよりも矢継ぎ早に質問が飛んでくる状態だ。

 売れる分はイグニカが対応をしてくれるので、質問対応が俺の仕事だ。


 質問にできるだけ答えるのも大事だろうが、こちらの様子もしっかり聞き込みしなければ……。


「研ぎはどの程度の研ぎですか? え? 骨を切ったときに刃が割れた? 回し砥石が要りますねえ……。ああ、今の鎌どれくらいの大きさのものを使っておられますか? ええ、腕くらいですか。ははあ……菜種と小麦の刈り取り……。鍬の替え刃ですか?なるほど。柄はいまのを使われるんですね。うーん……歯と柄の据付が気になるんですよねえ……。短剣はいかほどのものを今はお使いで? ははあ。レイブン銀貨で7枚ですか。用途はどのように? えっ? 豚を潰す? 森で。どのくらいの大きさですかね。えっ……それ本当に豚ですか? ははあ、牙があるから矢か投槍をつかうと。あ、いえ……これは護身用でして……ええ? 投げるのにちょうどいい……。それはまた、勇猛でいらっしゃいますね……」


 こちらで対応できそうか、対応できなさそうかなどを回答しながら一人ひとりに話をきいて、手帳にどんどんメモを取る。

 研ぎ、修理、鍋や釜などの調理器具、切れ味が大事な農具とそうでもない農具の話、それに蹄鉄や鋏、狩猟用の槍の需要など様々なことを、漏らさないようにどんどん書き留めていく。


 いちいち困惑する暇すらない怒涛の情報量で頭から煙が出そうだ。


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