第18話 緊張と弛緩の挨拶回り
初めての村、しかも村長に訪問ということで、俺は胃がキリキリする緊張を感じながら、深呼吸をしてからノッカーを鳴らした。
すると、それに応える女性の声がし、ややあって落ち着いた婦人が戸口に出てきた。
「はい、はい。あら──どちらさまでいらっしゃいますか?」
「突然の訪問をお詫びします。──はじめまして。私、行商をしておりますカッツィオと申します。村長様にご挨拶をと思ってお訪ねしたのですが、ご面会はできますでしょうか」
「あら、あら! まあ! 村長、村長ー! ちょっとーあなたー? お客さん! 初めて来られた行商の方ー!」
「はいはい、聞こえていますよヘレナ。お客様を応接にお通ししてくれるかね」
中から年配の男性の声がして、大きな一枚板のテーブルが置かれた部屋に通される。開け放たれた大きな窓からは広場の木が見え、時折外の子どもたちの声が聞こえてくる。
ほどなくして声の主。村長らしき男性がやってきた。
これは──村長だ。
長い口髭、曲がった腰、ねじれた謎の木の杖、温かそうなベスト、柔和な表情。
まさにザ・村長だ。
「ロファナ村の村長をしております、エイナルです。行商人の方ですかな?」
通された部屋に来た村長から自己紹介をされ、こちらもすぐに自己紹介を返す。
「突然の訪問をお許しください。鍛冶屋で行商を営んでおります、カッツィオと申します。こちらは連れのイグニカです」
イグニカの方に手のひらを向けて紹介をすると、彼女は直立不動の姿勢からゆっくりした動きで一礼する。
「これはご丁寧に。よくいらっしゃった。それで、ご用向きは──」
「こちらには行商に来たのですが、まずはご挨拶にと思い、伺った次第です」
村長はおおきく頷きながら話を聞いてくれる。
不審がられるかと思ったが、おおらかそうで助かる。
しかし緊張することは緊張する。落ち着け。俺!
「おお、鍛冶屋。それもご自身で行商とは……珍しいですな?」
「里を出て辺鄙なところに店を構えておりますので、仕入も兼ねてのことです」
「なるほど、なるほど。──それは大変ですなあ。ところで、お取り扱いはどんなもので?」
「主に農具と刃物を。ああ、よろしければ是非こちら、お納めになっていただければ……──」
イグニカがゆっくりと荷物からブロードソードを取り出して手渡してくれたので、刃物を出すのだから敵意がないことが伝わるように頭を低くして、ゆっくりと両手で差し出す。
ヤバイ。刃物じゃないほうがよかったかも。ミスったなこれ絶対。でもほかなら何がいいんだ? 宝石はまずいし、インゴットじゃあ、わけわからんし、菓子折りは……ってそんなアイテムないぞ!
「──商い物の武具です。どうぞ、お納めになってください」
「これはこれは、ご丁寧にどうも、これはまた大層な……行商の方と言えばすぐに商売の話ですが……。これはまた、ご丁寧でいらっしゃる」
受け取った村長はにこにこした顔を崩さないが、俺の目をジッと見ている。
や、やっぱり、挨拶に剣は違和感があったよな……?
これはもう正直にこっちのことはよく知らないんだってことを言ってしまおう。
「恐れ入ります。実は……こちらの風習に詳しくないものでして、私としては末永いお付き合いをしていただければと思ってのものです。他意はございません。無礼があれば、どうかご容赦いただければと……」
俺は頭を下げる。異世界で頭を下げるのが挑発だとか言われたら詰むなこれ。
視界の端に炎色の髪がちらりと映り、隣でイグニカまで頭を下げているのが見える。ありがとうイグニカ……!付き合わせてごめん……!
「いやあ、なるほど、なるほど。遠方から来られれば風習が違うこともありましょうなあ。いやはや、大変にご丁寧だと思っただけでして、どうかお顔を上げてください」
村長の声には納得したような響きがあり、怒らせたり強く怪しまれたりはしていないようだ。
顔をあげ、正直なところを説明する。
「あくまで鍛冶屋ですから鍛冶でご挨拶を、という考えでございます。こちらのような平穏なところでは無用でしたでしょうか」
「いえ、いえ。とんでもない。立派な剣だ。ありがたく頂戴いたします。なにしろ、ここ最近は物騒で……。道中に危険はありませんでしたかな?」
道中もなにもフッ翔んで来ましたとは言えないよなあ。ニルケルススの件を出しておくか。
「ええ、何度か魔物の話は聞きましたが、わたくし共はおかげさまで無事に」
「ご立派な戦士様も伴っておられれば、そうそう危険もないかもしれませんな。しかし、魔物の噂話が増えましたなあ……出入りなさる行商の方からもよく聞きますわい。賊こそ、領主様の御威光でめったに現れませんがな。魔物はいかん。うちの村も悩まされております」
「ああ、ワイバーンなどでしょうか?」
「ワイバーン! これは大変だ、そんな魔物が──」
ガタンッと身を乗り出してくる村長に驚きながら、慌てて会話の軌道修正をどう図るか考える。
そこでイグニカがなぜか一步前に出て俺のすぐ隣に立ち、口を開いた。
「ワイバーンでしたら、私が見ました。この村から見れば森、それもかなり遠くの方に影を見ました。目が利きますので」
「え、ああ、そうだね。 森……向こうの大きな森の方に、飛ぶものが見えたもので、まさかと」
「ははあ、樹海の向こうにですか。それならば、ままあることですな。いやはや、村に来る道でのことでしたらどうしようかと……。これは失礼を」
「こちらこそ、紛らわしい言い方をしてしまいまして……」
ワイバーンはこちらでは相当な脅威として見られているのか。
道理でニルケルススもあの反応だったわけか……。
先にいろいろと教わっておいてよかった。本当に感謝しなきゃな。
「さて、話が逸れてしまいましたな。はっはっ。年寄りになると心配事が増えていけません。──それで、商いは村の店に卸されるおつもりで? それとも露店を出されますかな」
そうか、卸すっていう手もあるのか。
それなら品を渡して換金できるし、売るために滞在する必要もないな。
今後、販路が出来たら色々と助かりそうだ。
「先ほど申し上げたとおりこちらには疎く、伝手も紹介もない身でして……まずは露店を出させていただければと。もちろん我々も補給や仕入がありますので、村の商店様にもご挨拶に伺ってみようかと思っております」
「なるほど、なるほど。では──露店を出されるなら、広場を使われるといいでしょう。いま、村に鍛冶屋がおりませんでな。村の者も喜びます」
「ありがとうございます。ところで、露店の敷料と税はいかほど……」
タダってわけにはいかないだろが、金はない!
開き直って物納させてもらえないか交渉しなければ……。
「敷料は今回はお気になさらず。現物にていただいたことにさせていただきましょう。大変な物をいただいておりますので、敷料は10日分お納めいただいたとさせていただきましょう。して……──売上の税は2割でいかがでしょう」
売上の2割か……。
しかし、これって売上を誤魔化す輩も多いんじゃないだろうか?
だから帳簿を付けておくのか?
賑いに反して売上が少ないと、徐々に不信がられるとか……?
余計な揉め事はごめんだ。毎回ド正直に申請しよう。
「ええ。わかりました」
「あー……よろしいので? では2割ということで。そうしますと、夕方にこの家の鐘が鳴らされますので、そうしましたらお持ちください。家内が帳簿をつけることになっておりますでな」
「鐘、ですか。わかりました。鳴りましたら、こちらまでお持ちします」
「うちの屋根が鐘楼になっておりましてな。広場ならよーく聞こえますでな。ああそうだ、村の雑貨屋もご紹介しましょう。──おーい、ヘレナ」
「はいはい。なんですか村長?」
先ほど応対に出てくれたご婦人がエプロンで手を拭きながらこちらにやってくる。
「雑貨屋のマーサに、鍛冶屋の行商さんがいらっしゃっているから宜しくしてくれと、伝えてくれんかね。それと、オーファルトを呼んできてくれんかね」
「はいはい。伝えてきましょうかね」
「では、カッツィオ殿。お話をありがとうございました。小さな村ではありますが、どうぞゆっくりなさって行ってください。酒場もありますでな」
◇◆◇
村長宅を出てから、ドッと疲れが出てきた。
ああぁ~~~! 揉めずに話終わってよかッッたぁああ~~~!!
青空を仰いで大きく深呼吸しながら顔を覆う。
商談って、疲れるんだよなぁ。ましてや身一つでの飛び込み営業だ。
メーカーのルート営業だったころは販路ありきだったし、商談らしい商談なんてそうそうなかったからな。経験不足が身に沁みる。焦って舌噛みそうだった。
今思えば、社畜社畜とブツクサ言ってたが、先人のレールに乗っかっての仕事はやっぱりラクなところもある。ありがたいとは思っていたが、こんなに心底感謝してはいなかったかもしれない。
今更になってこんな風に思うなんて、俺ってやつは……。
「──主! 主!」
「ああ、ごめん。イグニカ」
考え事をしていた俺を覗き込んでいたイグニカに気付いて謝る。
いかん、まだ露店を開いてすらいないのにここで考えててどうする。
「また随分考え込んでましたね。まずは店とやらに挨拶に行きますか?」
「え、ああ。そのつもりだよ」
「紹介とやらをされていましたし、早めに行くほうが良さそうですね」
「ああ、せっかく紹介してもらったんだから……すぐに行っておかないとな」
村長の家の向かい側を見ると、天秤の焼印が施してある看板が目に入る。
おそらくあれだろう。
◇◆◇
「ごめんください」
ドアを開けると炭で出来た呼び鈴がカラコロと鳴る。
磨かれた木の棚に何かが詰まった麻袋や束になった草、木の器類、それから中身入りの瓶や、酒瓶らしきものなどが揃えて置いてある。
天井から下がっているランタンの灯りと窓からの光に照らされている店内は、インフィニティ・オンラインのときに憧れていた中世RPG風ファンタジー感にあふれている。
これが、ホンモノか。
一緒に遊んでいた内装好きの民に見せてやりたい。これがホンモノだぞ! 猫はいないけどホンモノだ! お前の理想がここにあるぞォ!
思わず感動してしまったが、ぼーっとしててはいけない。
気を取り直してカウンターの方を見る。
主人は椅子に腰掛けており、ゆったりとした表情で煙管をふかしていたが、俺に気づいてこちらに顔を向けた。
「お客かあ、いらっしゃい。 んー? 見ない顔だねえ」
店主らしき女性が煙管を咥えたまま、カウンター越しに声を掛けてくれる。
気だるげな目つきに、緩い巻き髪、そしてなんだか目が行く唇が特徴的な女性だ。俺と同じくらいの年だろうか。
……そういや俺の年ってどう数えたらいいんだ。現実なら29だったが、エルフ換算だとどうなるんだ?
「村長のエイナル殿に紹介いただきまして、ご挨拶にうかがいました。鍛冶屋のカッツィオと申します」
「あー。行商にきたエルフの鍛冶屋さんと、綺麗な竜騎士さんだっけ。ヘレナさんから聞いてるよ。あーしはマーサ。商売上もマーサで通ってる」
なんかイグニカの話かっこよくない? いつの間にジョブチェンジを……尾鰭じゃなくて箔がついてるぞ。
「ト・カッツィオです。商売上はカッツィオとお呼びください。こちらは連れのイグニカです」
ひょいと立ち上がって、カウンター越しに手を差し出してくれたのでこちらも握手で挨拶を──で、でかい。なにがとは言わないが、すごくでかい……! カウンターに乗せただと?
自分の持ち物のサイズ感に無頓着なのか!?
まて、動揺するな。今は商談中だぞ。
「よろしくぅ。へえ、お連れはイグニカさんってんだ。なんか不思議な響きの名前ねえ。エルフさんの名前もそうだけどさあ」
話題に上がったことに気づき、窓辺に立っていたイグニカが振り返って答える。
「はじめまして。イグニカです。この名前は主が付けてくださったんですよ」
「主……?」
「ああいや! 通り名というか、私には発音しづらかったもので雇ったときに付けたものです」
「ああ、そういうこと。主なんて、古風。物語の騎士様みたいじゃん。可愛くてカッコいい。あーしの好み。ってかめっちゃ美少女。推せる。」
「ハハハハ」
危ねえ。なんか誤解招きそうだった気がする。
というか、この世界に推しとかいう概念……あるの? どういうこと?
「にしても、若いエルフの鍛冶屋なんて初めて見た。ジジイの鍛冶屋よりいいわあ。偏屈だったし、あーしの子どもの頃は何度どやされたことか……。ま、こないだの冬に死んじまったんだけどね」
「伺いました。こちらの冬も厳しいのですね」
「冬? ああ、違う違う。爺さん大酒飲みだったから、そのうち死ぬよ~って言ってたのに。バッカバッカ飲むもんだから。ま、本人は満足でしょ」
うう~ん、ざっくばらんだぁ~……。
「さっ、商売の話に来たんじゃない? それとも普通に買い物?」
そうだ。本題はまだここからなのだ。
露店をつつがなく出せるようにならなきゃこっちは無一文から抜け出せないんだ。
せっかく水を向けてくれたのだから、しっかり話してみよう。
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