第17話 麓の村と商人のふりをした職人もどき
とすっ、という音とともに地面に着地する。麓の村に到着したらしい。
正確にはその近くだろうか。とりあえず俺の周囲にあるのは草地だ。
森の中のように巨木に囲まれてはいない。
ぺそっ、と地面に腰を下ろす俺。
ジェットコースターって、安全だったんだ。レールって、広く見れば地面だもんな。早いだけで、あれ地面だもんな。そうだよな。
イグニカの背に生えていた、鱗で覆われた逞しい翼脚と不思議な光沢をした翼膜は光の粒になって消え、いつもの姿にもどる。
「あ、忘れてました。私、傭兵風の格好をしたほうがいいってニルケルススが言ってましたね」
ヨウヘイ……? ニルニルニル……?
あ、だめだ。なんかまだ飛んでる気がする。俺の三半規管が非現実を受け入れられてない。
パチッと指を鳴らしたイグニカが、際どい革紐と隠れているけど隠れてないアーマープレートの鎧を着た女戦士の姿に変わる。
「これでどうでしょう?」
一気に目が覚めた。なんか飛んでるとかそんなのもういい。
「うん。ダメ。村に少年がいたら脳を焼かれると思う」
「脳…? え?」
昨今、某有名RPGゲーのリメイクでもタイツつけてんだぞ!! そんな格好でいいわけあるか!! イグニカはセンシティブだからそういう格好しちゃダメだ!!
「もっとこう、ほら鎖帷子とグローブと脚にプレートがついたあのー」
「ああ。在庫にあったチェインアーマーとリンググローブと、ブーツ……みたいな合わせ方ですね。──私は、こっちも可愛くていいなあ~って思うんですけど。ほら、リボンみたいで」
そうだね。革紐。防具として成り立ってるのかな。その太もものやつとか、脇腹のやつとか、胸のやつとか。リボンみたいだね。なんか別のアレみたいだね。
でも、それは鎧じゃないよね。とんかちそう思うの。
パチッと再び指を鳴らすと、しゃらっ……という音がしてチェインメイルを中心にした傭兵というか女騎士みたいな姿になる。
ふぁさっと炎色の髪をなびかせ、軽く首を振るイグニカ。
超、サマになってる。
ヤダ……カッコイイ……俺の中の男の子が『ワーイ!』って言ってる。
俺の男児のようなキラキラ視線を受けながら、イグニカは長い炎色の髪を革紐で括り、高めの位置で結んだポニーテールをサッと流した。
「これでどうでしょう?」
「イグニカ、カッコいい!」
「でしょう~♪ そうでしょう~♪ カワイイですか? カワイイですか?」
「うん! カワイイ! カワイイ!」
わー!! いぐにかー!! と叫びたくなる男の子心を抑えきれない俺。
鎧をカチャンカチャン鳴らして、キャッキャとはしゃいでいるイグニカ。
俺達からちょっと離れたところで、無言でこちらを見ている鍬を担いだおっさん。
「……あんたら、何をしとるんだ?」
俺達が視線を向けたところには、ザ・農夫! という格好の男性がボロボロに刃先が欠けた鍬を肩に背負って立っている。
しかも、ちょっと引いてる。っていうか結構引いてる。
俺は咳払いをして、サラリーマンだった気持ちを思い出して爽やかさを意識する。
第一印象は大事だ。もう遅いかもしれないが。
「これは失敬。私、行商をしておりまして……ト・カッツィオと申します。こちらには商いで立ち寄りました。初めて訪れるもので、まずは村長殿にご挨拶させていただきたいのですが……──」
「いや、いまなんか、あんたその姉ちゃんにスゴイ格好させとらんかったか? 商人……? 旅芸人じゃなく……? っていうか空飛んで……?」
あ、言葉通じるんだ。でも状況が言葉で通じる状況じゃないな。やべえ!
「はははは! いや、あれはそんな大げさなものでは、ははははは! ──おっと、ところでその鍬、だいぶ使い込んでいらっしゃいますね。なにか、大事な鍬でいらっしゃるんですか?」
「お? ああ~、これか……。 違う違う。ただのボロだよコイツは……こないだの冬に鍛冶屋の爺さんが死んじまってなあ、修理もままならねえんだ。──爺さん、寒さが堪えたんだろうなあ」
「そうですか……。──まず、お悔やみを。冬の寒さは厳しいものですからね……しかし、それではお困りでは? いまはどなたか跡を継いでいらっしゃらないので?」
「ああな。まあ、いたにはいたんだが……村を出ちまったよ」
ひとまず、話を逸らせたぞ……!
ニルケルススの話の通り、確かに今は村に鍛冶屋がいないようだ。
しかし、ただいなくなっただけでもなさそうな様子が気になる。
「なにかご事情が……?」
「……。ちょっとな。出て行っちまったもんは仕方ねえ。んでもってコイツもボロのまんまってわけだ」
「ああ、失敬。詮索するつもりはありません。ご事情はそれぞれですしね」
──なんか厄介な客とか……そういうなにかがあるんだろうか。
「で、商売の話なんだろ? 村長んとこに挨拶してきな。村長の家は向こうにずーっと行ったとこで、屋根に赤い飾りがついたやつだ」
「ご丁寧にありがとうございます。助かります。無事に商いとなりましたら、是非お越しください」
「おう、じゃあな。エルフの兄ちゃん」
鍬を担いで去っていく農夫さん。そのむやみやたらに逞しい背中を見送る俺達。
ホッとしてようやく観察する余裕がでたが、よく見たら腰に巻いたベルトに短剣を帯びている。腰にぴったり沿わせてあるので正面からは全く見えなかった。
……斬りかかってこられなくてよかった。恐いな異世界。
というか俺って、エルフの兄ちゃんって感じの見た目なのか。
兄ちゃん、という年か? ヒューマン視点だとエルフって若く見えるんだろうか?
「……とりあえず、行ってみようか」
「はい」
周囲は放牧地のようで、なだらかな斜面になっている。
遠くの方には立ち並ぶ柵が見え、草地に点々と角のある白い動物がいて草を食んでいる。羊のようには見えないが……山羊だろうか?
そこから、農夫さんに指さされた方に目を移すと、なだらかな斜面に沿って野菜畑が広がっている。間には点々と野良作業に使うらしい小屋がぽつぽつと建っている。
その反対側を振り返ると、頂上付近に雪を被った山々がそびえ立っており、麓には深い森が広がっている。
広がっているというか、向こうはもう大体全部森ってやつだ。──森でいいんだろうか。あの密度と圧迫感。
翔んでいる間に下に見えていたのはほぼ全部森だったから、俺達がカッ飛んできた森は、こっちのほう……だろうか? 正直わからん。
農夫さんに向こうと言われた方に続く草地を歩いていくと、小道が見えてきたのでそれに沿って村の中心を目指していく。
「それにしても──主、本当に行商みたいでしたね!」
小道を歩きながらイグニカが言う。
その言葉への答えは少し困ってしまう。
「商売の話をしたわけじゃなかったから……世間話だよ。まあでも、前の世界では商人……みたいなものだったな。帳簿付けて注文処理して頭下げて、あっちこっち行って……まあ、そのくらいのもんでしかなかったよ」
イグニカの瞳が真っ直ぐとこちらを見ている。
俺はその視線から目を逸らした。
つい先日までいた世界を思い出して、胸のあたりに不快感と痛みが走る。
嫌な重さを感じだす頭につられるように、視線が下を向く。
「ホント、大したもんじゃなかったから……やるだけやっていたけど……それでも──誰でも、替わりになるようなもんさ……」
「それがどうかしたんですか? ごく自然なことじゃないですか」
前の世界の話をしたところにそう言われて、驚いて振り返る。
イグニカは立ち止まっていて、俺の一步後ろからハッキリとした口調で言った。
「替わりがいるのはどんなものでもそうです。群れの長も、巣の女王も、国の王も、たとえ神でも、いなくなってしまえば別の何かが替わりに据えられる。──どうせ替わりはいます」
彼女の炎色の髪の毛が吹き抜ける強い風に舞い、その顔を隠して揺らめく。
まるで、本当の炎のようだ。
「そんなことより大事なのは、主が役目をどのように思い、どのように果たしていたかです。何を考え、何を目指し、……そして何を幸せに感じたか。それこそが大事なのだと私は思います」
返す言葉が見つからなくて顔を上げられず、彼女の揺らめく髪だけを目で追う。
「それに、王者も勝者も、隠者も敗者も、善も悪も、滅ぶときは皆同じです。何ら変わらない。何の違いも、特別さもなく灰に──……その、メメント・モリとかいうやつです……」
一瞬の間のあと、彼女は俺の世界の言葉を放るように言って、口ごもる。
メメント・モリ。死を思え。
なんでそんな言葉をイグニカが知ってるんだろう?
「メメント・モリ? どこからそんな言葉を……」
「えーと、ほら、主が頭の上に浮かべた言葉で言ってましたよ? 死を思え、でしたっけ」
俺、そんな賢そうなこと言ってたっけ?
いや、厨二病銘シリーズでそういうの付けようとしたことがあったかも。
……その銘付けた武器とか出てきたら嫌だな。恥ずかしくてのたうちまわりそう。
う、売ってなかったよな……。
「なーんてこと、を!」
朗らかな声に思考を遮られて顔をあげると、トトッとステップを踏んで俺の前に立ったイグニカが口の端からポフッと炎を吹いて、にこっと笑う。
「わたしが言うと、ものすごくそれらしいでしょう? 竜ですからね。フフン」
「……──なんか、肩のちからが抜けたよ。そっか、竜の目から見ればってやつか」
くるっと前を向くイグニカの炎色の髪が再び風に巻き上げられ、彼女の表情を隠して揺らめく。
竜と言うけど、イグニカってドラゴノイド、竜人だったような。
インフィニティ・オンラインの竜人って設定めっちゃ薄かったんだよな。
新実装エリアに出てきた部族みたいな感じで、竜を崇拝して祖先の竜に戻ろうとしているとかなんとかだったっけか。
火が吹けたり飛べたり腕が竜になったりするのが特殊能力なんだろうか。プレイアブルキャラだったら強すぎるだろさすがに。スキル制ゲームだったのが種族ゲーになってしまいそうだ。
「──主、主! ぼーっとしてどうしたんですか? 行きましょう行きましょう。ウチの自慢の武具を見せてやりましょう」
「ああ……ごめん。そうしようか」
◇◆◇
小道を進んでいくと、やがてまばらに平石を埋めた道に変わってきた。
茅葺き屋根と漆喰の壁の家々がだんだんと見えてくる。
屋根の傾斜が急なのは、雪が多い土地ということだからだろうか。
建物が並ぶようになってくると、井戸や石造りの広場も見えてくる。広場の中央には大きな木が立っており、これがシンボルか何かのようだ。
周囲を見渡すと屋根や壁が崩れたような家は見当たらない。どうやらどちらかと言えば裕福な村で、寒村というわけではなさそうだ。
軒先に看板を下げた建物もあるので、それが商店や宿屋、酒場だろうか?
井戸の周りには談笑する人々、その周りでは子どもたちが走り回っている。耳の形は俺がよく知る形で、ヒューマンの村というのもニルケルススの言う通りだ。
通りを歩いていると物珍しそうな目を向けられるが、どちらかと言えば興味程度の視線で、警戒されたりはしていないようだ。随分と治安がいいようだ。
種族が違うことからも、もっと厳重に警戒されるかと思ったのでちょっと拍子抜けだ。ニルケルススが立ち寄ったこともあるからエルフを見慣れているのだろうか?
村長の家は思いのほかすぐ見つかった。
赤い屋根飾りのある2階建て、いや3階建てのなかなか大きい家だ。どうやらこの家らしい。
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