第16話 村への旅路と荷物の塩梅

 商品の用意が終わって翌日。

 俺とイグニカは、店のカウンターに商品をずらりと並べていた。


「この刃、綺麗ですねえ」


 イグニカがぽややんとした口調でリーフソードを手にして微笑んでいる。

 エルフ調の武器は形が優美なのがいいよなあ。わかる。わかるよ。


「これを投げれば、真正面からでも何匹か貫通させられそうです。この流線形。貫くことに対する熱意と造詣の深さを感じます」


 なんかイグニカが焼き物を鑑定する着物の人みたいなことを言い出してる。

 言ってることすごい物騒だけど。


「あと、短槍も3本。それから、このブロードソード二振りなんだけど手土産と展示品にしようと思って」

「ニルケルススも言ってましたね。手土産は常套だって」

「そう。俺もそう思うから、一振りは村長宛で、もう一振りは展示用にでもと思ってるんだ。道具鍛冶より武器も扱える鍛冶として見られたほうが、扱えるものの幅も増えるだろうしね」

「鍛冶屋というより商人みたいですねえ」

「まあ、せっかく教わったことはやってみないとな」


 それからズラッとならんだ他の商品のほうを見ながら話を続ける。


「それで……やっぱり持って行くもの、絞ったほうがいいかな?」

「これくらいなら大丈夫だと思いますよ?」


 柄付きの長物がずらりと並び、包丁と刀剣類も結構な数だ。

 うまくまとめたとしても、持ち歩くのはだいぶ厳しい気がする。


「やっぱり、包丁は5丁にしよう。あと、柄つきの鍬やピッチフォーク、手斧は3本ずつにして、分解しようかな。槍は分解するとまずいからそのままじゃないとダメか」


 近場にあった木槌でコンコンと叩いて柄を外していき、金属部分をまとめて布で包み、柄を短槍と一緒に布で巻いて一本の棒状にする。取り外した農具類の頭はまとめて大型バックパックに入れておく。

 その他の刃物類はそれぞれ布で包んで、これも大型バックパックにいれる。

 持ち上げてみたが、これを背負うのはかなり力がいる。結構な重さだ。


「やっぱり結構な重さだなあ。これを背負ってあの森かあ……そもそも地図はあるけど、旅慣れないから村までどれくらいかわからないんだよな。ハードなことになりそうだ……」


 ちょっと甘く見ていたかもしれない。貧弱現代っ子の俺にこの道のりは可能なのか!? あ、でも今は生産職エルフの体だし、体も軽いからなんとかなるか……?

 いや、ならなそうな気がする。ちょっと考えたほうがいいなこれ。

 

「では、私ちょっと翔んで距離と道を見てきますね。上空から見ればおおよそはわかりますから」

「え? あ、うん」


 スーパーフィジカルな返事が来て、俺は目を白黒させる。

 そんな俺に彼女はにっこりと笑いかけ、しばらく待っててくださいと言って店の外に出ていった。

 ぱたん、と気の抜ける音がしてドアが閉まる。

 そして間もなく ゴオッ!! という音が外から店内に聞こえてくる。

 窓がガタタタタッ!!っと揺れ、思わずカウンターにしがみつく。


 イグニカ=サン、スゴイ。ハヤーイ。

 ちょっと、ポカーンと見送ってしまったが気を取り直して立ち上がる。

 とりあえず、戻って来るまでは俺もやることをやっておくか。


◇◆◇


 商品を布で包んで、束にしながら革紐で留めていく。

 まとめて担ぐためには、道具類と剣はバックパックにまとめておいて、長物は束にして包んでいったほうがいいか。


 そういえば一文無しだ。売れるまでは食い物も買えない。

 これとは別に、食べ物や寝袋なんかも必要なんじゃないだろうか。


「ん~……、寝袋。ベッドロールだよな? ロールプレイ用にしか使わないから持ってないよなあ」


 インフィニティ・オンラインではプレイヤーはログアウトするなら、自分の土地か宿、焚き火を確保したベッドロールなどデスポーン地点が必要だった。

 さもないと一定時間の間、ボッ立ちのキャラクターがフィールドに放り出されることになるからだ。なお、その間モンスターに殴られると死ぬ。もちろん持ち物もロストする。

 しかし、中級者以降は拠点に即座で戻るようになっていくので、寝袋は必須アイテムではないのだ。むしろ趣味アイテムみたいな扱いを受けていた。

 

 こちらでのキャンプでも、迂闊にごろ寝すれば命が危ういだろう。

 ワイバーンみたいな魔物もいるようだし、用心するにこしたことはない。

 イグニカと交代で番をするとしても、眠れる間はしっかり眠りたい。

 寝床はイグニカがやっていた、草や落ち葉で代替する方法がいいかもしれないな。

 この分厚い布なら畳んで使えば毛布代わりにもなりそうだ。


 ごそごそとコンテナやカウンター下を漁って、大型バックパックを探す。

 大きめな布を畳んで丸めておき、食べ物や飲み物をいれるスペースを確保しつつランタンや、使いそうな道具類をそのままINだ。


 そうやって旅支度を整えていると店の扉が開いた。イグニカだ。


「おかえり。お疲れ様、イグニカ」

「じゃ~ん! 主! ただいまです♪」


 楽しげな声とともに突き出された手には、精悍な猛禽類。でかい。


「鳥だ……! しかも、かっこいい系の鳥だァ……!」

「……? 鳥ですねえ」


 え、鷹? 鷲? でかくねえか? これ、どう捌けばいいんだ? ってか食うの?

 まあ、とっても新鮮……。お目々キラキラ。っていうかこっちみてるぞあの鳥!!


「それまだ生きてない!?」

「ああ、生きてますか。私が飛んだ時に巻き上げられてたやつですからねえ」


 近くを飛んでる猛禽が気絶する勢いで飛んだの? イグニカさん?


「とりあえず、出発の準備もあるし……鳥はまた今度にしない? 魚もあるし」

「そうですか? ……──そうしますかあ。残念。お前、主に感謝を捧げなさい。よいか? 運 が 良 か っ た な ァ ?」


 高く掲げて、目を見開いて鳥の目を覗き込むイグニカ。

 鳥さんは生きているのに剥製のように固まっている。


「ちょ、ちょっとやめたげてェ」


 イグニカの手から、翼を包むようにして鳥さんを受け取る。

 哀れな鳥さんは、未だに固まったままだ。

 だよな。怖いよな。俺も最初怖かった。わかるよその気持ち。


 店の玄関から出て、鳥さんを地面に置いてやる。

 こてん、と倒れた。


「おい! おーい! 鳥さん! 大丈夫か! 大丈夫ですかーっ!!」


 ハッ! と気付いたように顔を上げた鳥は、俺を振り返ってぽかんと見上げ、それから背後のイグニカを見上げて固まり、脚をバタつかせて転がったあとにバッサバッサと羽ばたいて逃げていった。


 ──……もう捕まるなよお前。


◇◆◇


 イグニカによると、ニルケルススの地図の通りここから南東に向かって森を抜けた先に村があるそうだ。

 ニルケルススの地図の縮尺と照らすと……あ、単位がわかんねえ。


「そうかあ。そうだよなあ単位がわからん。あ、でもここが魔女の庵とか言ってたな。じゃあこの距離が旅慣れた人の一日で………」

「私がまっすぐ飛べば昼前には着きそうでしたが」


 鷲だか鷹だかが気絶する勢いで? 飛ぶ? 空を? 俺死ぬんじゃないかな。


「歩いていくとなると、何日か掛かると思いますが……。私も陸の道は良くわかりませんから、ちょっと大変かもしれませんね」


 歩くほうが確実ではあるが、旅慣れない俺が数日間も荷物を背負って歩き続けるのはなかなか大変そうだ。

 命を取るか、苦労を取るか。いや命だろ!


「よっし……長旅に──」

「では、飛びましょうか荷物は私が持ちますね」

「え?」


 長物の束にバックパックの背負い帯を通して引っ掴み、俺に大型バックパックを渡すイグニカ。


「すみません。荷物を主に背負っていただくなんて。全部入る大きな籠でも準備しておけばよかったですねえ」


 コウノトリに運ばれる赤ちゃんか何かか俺は。

 いやまて、あっけに取られてるうちに飛ぶ流れになってるぞ。まずい!


「いやいやいや、ほら。イグニカは女の子だし、女の子の背中におぶさっていくなんてそんな」

「主を乗せていくくらいなら問題ありませんよ。ぎゅ~ってしてくださいね。落ちたら大変ですから」


 スッと背中をこちらに向けるイグニカ。

 この華奢な背中に? っていうか背負われたとして手はどこに回せば……。え、いや、ちょっと? イグニカ=サン?


「ほら、ぎゅって後ろから。ほら、早くしてください」

「ああ、うん」


 流されるな俺ぇーーー!!


「もう片手で主を支えてますから大丈夫ですよ。ほら、こう」


 やわらかい……なんかやわらかい……!!いい匂いがする、髪からいい匂いが!!腕が!!腕がなんかやわら──


 グッと俺の手と手を握らせて、イグニカの手が俺の腰をぐんっ!と持ち上げる。

 力強いっ!?


「いっきますよぉーーー!!」

「マ゛ッ」


 ゴオッ!! という音。

 唇から頬に流れ込む空気で頭が揺れる!! 息ができねえ!! やべえ!! これ恥ずかしがってる場合じゃない捕まってないと死ぬぞ俺!!


 かくして、俺の異世界生活の新時代が、暴風とともに幕を開ける──


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