第15話 異世界森林浴と鍛冶屋の務め

 異世界の森をイグニカに先導してもらい歩く。

 俺が知っている森は、レジャーに訪れた富士山の樹海や、ドライブで通った山の中くらいのものだが、風景がぜんぜん違う。

 そもそも木のサイズがおかしい。神社の御神木のような巨木がそこら中に生えている。

 足元にある落ち葉や苔、細い低木、シダのような植物は見たところ普通だが、ところどころに横たわる倒木がやはり尋常じゃないサイズをしている。


 ここは樹木という支配者が君臨する領域。

 ヒトも獣も虫も、ここでは支配者の足元で戯れる草でしかない。

 まるで、厳かにそう告げられているような感覚すら覚える。


 だが、そんな支配者の領域を我が道として歩くのがイグニカだ。

 邪魔なものは薙ぎ払い、立ちはだかるものは払い除け、足で踏めるところをするすると示してくれる。

 飾らずに言うなら、めっちゃ頼りになる。


 眼の前をさらさらと流れる小川にたどり着いたとき、改めて思ったものだ。

 この森で迷子になったら遭難まっしぐらだ。ひとりで入るのはやめよう……。


 平らになっている岩の上に草や葉を集めてきたイグニカが布をばさりと広げ、座るところを確保してくれる。


「ここが程よいですね。そこの川も淵がありますし、岩の影なら魚もいそうですよ」

「なんていうか、圧倒されるな……。俺の知ってる森の数倍は、森って感じだ……」


 イグニカがくすくす笑って、木でできたカップに水を汲んで差し出してくれる。

 礼を言って水を飲み干してから息をつく。あれ? 生水って大丈夫だっけ?


「主の表現はときどき面白いですね」

「あ、いま気付いたけど、川の生水をそのまま飲むと腹を下すかも」

「ああ。大丈夫ですよ」

「そっか。この身体だともう慣れてるから──」

「私が汲んだ時点で主の身体に害を及ぼすようなものは全て滅してます」

「なにそれこわい。俺飲んで大丈夫? お腹から滅されない?」


 布の上で寝転んで、せせらぎが聞こえる森の中で深呼吸する。

 先程まで畏怖していた森の中で寝転んで、葉の隙間から見える青空を見上げる。

 不思議な気分だ。

 畏れを抱いているのと、安らぐ気がするのと、そのどちらも本心なのだと感じる。


「さて、魚と聞いたからには、捕りましょうか……」


 そう呟いて、パッと身体を起こす。


「ちょっと、俺試してみたいことがあるんだけど……」


 近場にある手頃な枝を拾い、ナイフで小枝を落として釣り竿を作る。

 そして裁縫道具から取り出した針をうまいこと曲げ、糸で両方を結びつける。

 周囲を見回して、ふわふわと飛んでいる無害そうな虫を捕まえ、針につける。


「それは?」

「釣りだよ。元いた世界でもやっててさ。さーて、どうかなあ~」


 水辺の岩に陣取って、虫を掛けた釣り針を上流から下流に流していく。

 まあ、そう簡単に釣れるものでもないから気長に……。

 ぐんっ! と小気味いい手応えが腕に伝わってくる。


「早いな!?」


 びっちびっちと暴れる魚を引き上げて、近場の地面に落とす。

 明らかなトゲなんかはなさそうだし、触ってもなんとかなりそうだ。


「すごい! こんな糸と棒だけで!」

「俺もびっくりしてる。で……これは、食べられる……?」


 土にまみれてしまった魚を流れで洗うと、銀の鱗にうっすら桃色がかった模様と青い斑点が浮かんでいる。

 綺麗な魚だ。俺が知っているマス類に似ている気がするが、あちらの世界と同じ魚がいるのだろうか?


「これなら食べられますよ。私も水浴びした時に捕まえて齧りましたけど、毒もなくて柔らかくていい味でした」


 う~ん、実体験がワイルド。


「よーし……続けて頑張ってみようかぁ」

「主! 主! 私の分も作ってください!」

「お、いいよいいよ。餌はそこら辺を飛んでる虫がいいよ」

「さっきみた通りにやってみますね!」



◇◆◇


 木漏れ日から差し込む日差しが午後になった頃には、魚が15匹。ツタをエラから通して片手に下げるとずっしりくる。なかなかの収穫だ。

 なお、俺が釣りをしなかったらイグニカが水浴びをしているという泉まで足を伸ばして、吼えて魚を捕るつもりだったらしい。

 そっか。釣らなくても吼えればいいのか……そんなわけあるか!


 それから昼食を軽く摂り、川のせせらぎに足をつけて森の中の風景と、川の流れる様子を眺めてまったりと過ごす。


「いいところだなあ、ここ。しばらくしたら道をちょっと整備して、もっとのんびり歩いてこれるようにしようか」

「いいですね。あそこの石の周りもちょっと整備して、今度はここで主にご飯をつくってもらいたいです」

「今日持って帰った分を食べながら、森でどんなのが作れるか考えてみよう」


 二人して川に足をつけて、ワインを飲みながらあれこれと話す。

 最初は原初の森といった感じの樹木の威容に圧倒されていたが、こうやって身を浸してみると気持ちがいいものだ。

 鍛冶場に籠もっているときの充実感も好きだが、こういう時間も心地いい。


 スカートを捲って脚を拭くイグニカを眺めながら、俺も靴を履く。

 それにしても、白い脚が眩しい。

 昨日からそういう目で見てばかりだし、もうちょっと自重したほうがいいんじゃないかと自分でも思うが……。

 きゅっと締まった足首。慎ましいつま先の形。そしてすらりと長く優美な曲線をした脚に、どうしても目がいってしまう。


 いかんいかん、と気を取り直して持ってきた荷物を肩にかけ直す。


 それから帰り道のイグニカもやはり勇ましく頼りになった。

 バスケットを片手に持ちながら俺の手を引いて軽やかに森の中を進んでいく。

 行きは降りるだけだったが帰りは登らなければならない倒木なんかは、やはり粉砕されて立派な通り道に舗装された。


 だが、俺もただ手を引かれていただけではない。途中でいくつか見かけたキノコや木の実については、その特徴を詳細に記録しておいた。


 食べるにせよ、他の用途にせよ、何かに使える可能性はありそうだ。


◇◆◇


 店に戻ってきた俺は、軽く身体を拭って休憩をしてから作業場に入る。

 イグニカにアドバイスをもらって売り物予定に加えた短槍と短剣を作るためだ。


 在庫品で使えればと思ったが、在庫品の中に短剣や短槍はない。

 軽量武器ではダメージ量が不足するため使い道がなく、作っていなかったのだ。

 

 イメージの中にある、短剣に類するものはいくつかある。

 まずダガー。刃渡りが短く、両刃で刀身は薄く細い。武器としてだけでなくナイフとしても使えるし、ちょっとした解体なんかにも使える。

 次にクリス。波打った刀身が特徴で、これで刺した傷は治りが悪く出血が酷くなる性質がある。優雅な見た目とは裏腹に、殺意が強い武器でもある。

 これらは厚みがないことや真っ直ぐでないことから除外だ。

 

 他の候補は片刃の匕首。東洋風デザインで目を引くし真っ直ぐで貫通力も高い。しかし、片刃であるため先が潰れると一気に貫通力が落ちてしまうだろう。

 次の候補として、ショートソード。

 これはその名の通りにブロードソードを短くして、一回り細くしたような初心者でも扱える武器だ。斬ってよし、突いてよしではある。

 しかし、俺のイメージできるタイプのショートソードは先端が広い。刃先が潰れると斬る方の用途がメインになってしまいそうだ。


 そこで最終候補になったのはリーフソードだ。これはインフィニティオンラインで言えばエルフ様式の武器で、木の葉のようなフォルムの両刃の刃物だ。

 先端は鋭く、柄に向かって滑らかなカーブを描く形をしており、イグニカの言っていた先端が潰れてもしっかり刺さるようにという条件にも合う。刀身の厚みもしっかりとあり、若干重いことが気になるがそこは血抜き溝を彫るなどして軽量化できそうだ。


 一方、短槍は簡単だ。

 短いということは体重を乗せて突き刺しやすいということだ。そして突き刺したあともサッと引けるようにしなくてはならない。そうなると、自然と刀身が厚いショートソードの刃を先端につけたような形になってくる。


 鍛冶台の前に立って、炉の温度をあげていく。

 さて、文字通りの鉄火場だ。

 苦労してこい! 泥にまみれろ! 一生懸命にやれ!

 ……みたいな根性論の発破ではない、火と鉄を相手にお前の腕でやってみせろという時間が始まる──。


 ドカッと椅子に崩れ落ちるように座り込んで、水瓶の水をごくごくと飲み、砕いた岩塩を口に放り込む。

 塩味が染み入るみたいだ。そして、水……! 水……! 水がうまい……!!

 

「腕と肩の周りより、なんか背中から脇腹がミッシミシ言ってる気がする。あっつぅ~……うへぇ……」


 もう上半身脱いでしまいたい。暑い、暑すぎるぞ。

 鍛冶作業の疲れといえば腕や肩の痛みや筋肉痛……それこそ筋トレしまくった時の感じかと思っていたが、なんか全身から疲れる。

 ああ、そういえば……プロの身体の動かし方は体幹や重心を使う全身運動になっていくとかなんとか聞いた覚えがあったなあ。

 聞いてかじるどころか、口すらつけずにスワイプしたスポーツ記事だったけど、あれってホントだったのか……。


 手袋を外して、革紐を巻いた柄を掴んでリーフソードを持ち上げてみる。

 ずしりとした重みを感じながら手首を返して先端を振ると、かすかに金属が震える音がする。

 いい出来だ。すらりと流れるような切っ先の尖り方が美しい。

 

 次に短槍を手にとってみる。

 柄はオーク材。磨き上げてオイルを染み込ませたそれはしっとりと手に吸い付くようだ。ギュッと握り込んで穂先を検める。

 刃の立った側面に、柄から真っ直ぐと伸びる切っ先。両手で握れば力を込めて突くことも殴ることもできるだろう。


 出来上がった品を置いて、今回の商品をいれた箱を眺める。


「……そうだった。これを担いでいかなきゃいけないのか。というか村までどれくらいか考えてもなかった」


 しまった! 運ぶ手間も考えずに増やしても仕方ないじゃないか! 長物をこんなに運ぶなんてできるのか!?

 ……それはさておき。


「いい! いまはそれはいい! 風呂だ風呂……。風呂入って、俺はもう寝るんだ……! うおお、動け、動けぇ……!! 脚まで疲れてんぞどうなってんだこれぇ……」


 体を引きずりながら作業場を出れば、鍛冶仕事は終わりだ。

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