第9話 石に愛される男は大いに語る
ワイバーンに襲われていたエルフ、ニルケルススを招いてこの付近のことについて尋ねるつもりが、俺は逆に質問攻めに遭っていた。
はてさて、どうしたものか。
そんな俺の不安をよそに、彼は直球で疑問をぶつけてくる。
「お前さん、本当に鍛冶屋か? なんでこんなとんでもないものを売っとるのだ」
「あー、鍛冶屋だ。それは、決済で渡されたものというか……そういうのって、ここらでも採れるのかい?」
うーむ、と顎に手を添えて考え込むニルケルスス。
イグニカはそういう話には興味がないらしく、商品棚の在庫を布で磨きながら彼を眺めている。
「地下に潜るような勢いで掘らねば見つからんだろう。だからこそ私もあんなところにいたわけだが。この大きさ、輝き。まさに逸品だ。しかもこの数……どうやって手に入れた?」
「あー……武器を売った代金で」
「……ふむ。まあ、ああいう代物との交換か。それならば妥当な取引ではある、な」
必要なら素材として炉に放り込むとは、口が裂けても言えない空気だ。
視線を棚に向けたまま、ニルケルススは出されたワインに口をつける。
「こんなところで美姫を肴に酒を飲めるとはなぁ。寄り道もバカにはできんなあ」
「寄り道? 採掘以外に、ここらに何か用があったのか?」
先程の彼の言葉から適当に尋ねてみると、思わぬ答えが返ってきた。
「魔女に用があってな。山向こうの森に住んでいる。知り合いではないのか?」
「魔女……」
「ドルイドだ。この一帯の森はあの女の庭のようなものだな」
「いや、知らないな……。その魔女以外にここらへんに住んでいる人間は……?」
「──……どういう意図の質問なのだそれは?」
「主は鍛冶で忙しく、私も店を建ててから店の番ばかりで。ここ最近の周辺のことには詳しくないのです」
怪訝な顔をするニルケルススだが、イグニカがフォローを入れてくれる。
「さてなあ。私が知っているのはその魔女と、麓の村の連中くらいだ」
人里離れた森かと思ったら、一応は近くに村があるのか。
いや、ワイバーンがその辺をぶらついているところに村って……大丈夫なのかその村。
そんなことを考えている俺を放っておいて、ニルケルススは話を続ける。
「ヒューマンの村だが、特に偏見もなく付き合いやすくてな。あそこのチーズはなかなかイケるぞ」
「良いことを聞いた。ここからはどれくらいのところにあるんだ?」
「ふむ……わしも真っ直ぐここらに来たわけではないからなあ……ああ、地図を簡単に書いてやろう」
ニルケルススは、懐からペンと本を取り出して、隣に地図を広げる。
そして白紙のページにサラサラとそれを模写していく。
「あ、そうだ。ここらを庭にしている魔女というのは……?」
「ん~? ああ、魔女というのは渾名で、名はリディアという。ドルイド魔術と錬金術の手練れだな」
ドルイド、というとイメージするのは深緑色だか茶色だかのフードローブを目深に被って捻じくれた木の杖を持ったアレだ。
あまり友好的な存在には思えないが、ニルケルススと付き合いがあるということなら、紹介してもらえば話くらいは聞けるかもしれない。
「よかったら、彼女のところに着いたら、俺たちがここに住んでいることを知らせておいてくれないか? 今回みたいに敵対しそうになると、それはそれで困りそうだ」
描いている地図から顔をあげたニルケルススは、ペンを置いてグラスを掴むと、ごくごくと喉を鳴らしてワインを呷ったあとに言う。
「あいわかった。お前さんらが住んでいることは伝えておこう。まあ、あの婆さんも用がないなら関わってこんだろうが、偶然行き合ってから騒ぐよりはよかろう」
婆さん……森の古老みたいなものなら、礼を通せばイグニカの言う200年についても色々教えてくれるかも知れない。
「ああ、いちおう何か手土産でも……」
「ほう。常套手段だな。礼を通しておくのは大事だ」
「どういうものを手土産にするのがいいだろう?」
みるみる出来上がっていく簡易地図から目を離さないニルケルススは、迷いのない口調でこう言い切る。
「石」
「それはニルケルススが欲しいものでは……?」
「……──まあ、こういうときは香が定番だ。お前さんは鍛冶屋なのだから、飾り短剣の一本でも添えてやれば納得もするだろう」
「短剣って、なんか誤解を招かないか?」
「お前さんが木こりなら誤解を招くが、鍛冶屋が鍛冶で挨拶せんのはおかしかろう」
「言われてみればそうか……しかし、香ねぇ……」
宝石や金属ならいくらでもあるのだが、なんとかならないだろうか。
ニルケルススがペンを持ち上げて、先程まで自分が貼り付いていた棚を指す。
「あるではないか? そこの白琥珀」
「え?」
白琥珀。琥珀が香になるだなんて思いもよらなかった。
「あれでいいのか?」
「十分だ。それで礼を尽くしていないとのたまう強欲なら私も付き合っておらん。ほれ、簡単だが地図だ」
「ありがとう……って、すごいな!? これ本当に手描きか!?」
地図は簡略化こそされているが、迷いのない筆致で精巧に模写されている。等高線を手描きしてほぼ同じに見えるとかどうなってんだ!?
驚く俺に対して、ニルケルススは世紀のドヤ顔で片眉をあげてみせる。
「ふふん。伊達に旅はしておらん。して、鍛冶のほうは何を贈るつもりだ?」
「──じゃあ、短剣はこれを」
せっかくならある程度見栄えがするほうがいいだろう。
選んだのは慈悲鋼と呼ばれる、冷気を帯びた鉱石で作られるダガーだ。
スキル上げ用の数打ちをつくるときに間違えて作ったものだが、たまたま取っておいて助かった。
これなら鍛冶屋であることも伝わるだろうし、刀身はうっすらと桃色をしていて、見た目も悪くない。
「また、不思議な金属だな。──あいわかった。この贈呈品は石の賢者ニルケルススが確かに預かり、森の老賢リディアに届けると誓おう」
そう言ってニルケルススは、懐をごそごそと漁ったあとに一本の横笛を取り出してカウンターに置く。
「無事に届いたのちに、ここを訪れたら返してくれ」
「え、いいよ。なにか大事なものじゃないのか? 信用しているから」
「大事なものだからこそ、託された証に置いていくのではないか。お前さん、人が良いというよりも不用心だぞ、それでは」
「そういうもんか……ところで、なんで笛なんだ?」
「──……エルフの楽器は魂の一部だぞ。全く。お前さんも成人なら持っておるだろうが」
「いや……俺、楽器できないし」
驚いた顔で絶句し、固まるニルケルスス。
そこまで驚くことなのか?どうにもわからん。男の子なら誰でもギターに憧れるとか、そのレベルの話ではなさそうだ。
途端に気まずそうな顔をしたニルケルススは、顎に手をやってさすりながらうんうんと唸っている。
「そうか。お前さん……──随分苦労してきたと見える。すまなんだな」
「え?」
「詮索はよそう。困ったことがあれば相談してこい。お前さんは命の恩人でもあるし、このニルケルススが力になろう」
「え、ああ。えーと、ありがとう?」
なんだか突然優しくなったニルケルススの態度で困惑したが、彼は彼なりにこちらを案じているらしいのは分かる。
何か勘違いされているっぽいが、その誤解を解くのもちょっと難しそうだ。
良くないくせだとは思うが、ちょっとそれは後回しにさせてもらおう……。
「リディアの庵まで、ここからだと私の足で歩いて一月ほどだ。お前さんら、リディアからの返事を待つ間に村に行ってみてはどうかね?」
「麓にあるとかいう村か。新参者のエルフがいきなり訪ねていったら騒ぎにならないだろうか?」
「ならんならん。城壁のある街でもあるまいし。村長を訪ねて、旅商いに来たと言って品を見せれば納得してくれる。どうせなら露店を出してみてはどうだ? あそこは鍛冶屋のジジイが最近死んでから、鍛冶屋がおらんからな。歓迎されるだろう」
「なら、商品を準備して行ってみるか……」
ふと思い出したように、ニルケルススがイグニカに指を立てる。
「竜のお嬢さんよ。村で暴れるなよ。怯えるとヒューマンは攻撃してくるからな。奴ら臆病だが、一度敵だとみなすと生半可なことでは諦めん」
「ああ。ヒューマンといえばそういう種族でしたね」
苦い顔をするイグニカに俺はちょっと驚く。
ヒューマンといえば、いわゆる人間だ。そうすると、元は俺もそれに近いんじゃないだろうか?
それが警戒されている雰囲気は、ちょっと人ごととは思えない。
ヒューマンのいる村か……そういえば、言葉は通じるのだろうか?
「んん!? まてよ。なんで俺ってこっちの言葉が喋れてるんだ!?」
突然の思いつきが声に出てしまう。
イグニカにワインのおかわりを注いでもらっていたニルケルススがグラスを取り落としそうになって、慌てて持ち直す。
「お前さん、いきなりどうした」
「なんで今、言葉が通じてるんだ? 俺は──」
「主!」
そこまで言ってから、思わずニルケルススとイグニカを見る。
イグニカは冷静にしているが、見るからに殺気立っている。
「どうやら、聞いてはならんことだったようだが……」
ニルケルススはワイングラスをカウンターに置いて、懐からパイプを取り出して葉を詰める。
彼はそのまま指先から火を出して、一服すると煙混じりで一言。
「聞いたからには、どうするかね?」
「どうしましょうか。主」
しまった、と思ったがもう遅い。
冷ややかな声で尋ねてきたイグニカは今は動いていないが、やるとなればすぐさまにあのドアを砕いた爪でニルケルススを叩き斬るかもしれない。
秘密、と言っていいのかはわからないが、むやみに知られてはまずいと思う。
しかし、どう判断したものか……迷っている間にイグニカの口から煙が上がる。
「待ってくれ! 待ってくれイグニカ!」
「主! 寝首をかかれてからでは遅いのですよ!」
「言ってることはわかるけど!待ってくれ!」
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