第8話 石を愛し石に愛された男と試作品
森の中の開けた草地。
そこでハルバードを突きつけた体勢でその場に仁王立ちするイグニカ。
刃の先でへたり込んでいる金髪の男。耳が長い。
そしてイグニカの後ろでへたり込んでいる俺。
「助かった……」
「まだ助かったとは限りませんよ。何者ですか?」
「私の名前はニルケルスス。石を愛し、石を愛でる、石に愛されるエルフだ」
「怪しい。斬りましょう」
「「待ってェエ」」
ニルケルススと名乗ったエルフは両手を上げたまま立ち上がった。
その真正面にハルバードを据えたまま、イグニカは目を爛々と輝かせている。
「同胞! そこの同胞。この竜の乙女は君の妻か? 止めてくれ! 怪しいものじゃない。私は石を愛しているだけなんだ!」
怪しいのか怪しくないのかわからない自己紹介だ……
「怪しいですが、悪いものではないでしょう。いま良いことを言いましたから」
待って。警戒を解く理由それでいいの?
ツッコもうか迷っているうちにイグニカはハルバードを降ろし、小脇に抱える。
一方、ニルケルススと名乗ったエルフは息を吐いてからその場にへたり込んだ。
「ワイバーンを倒してもらい助かったと思ったが、改めて死ぬところだった。やれやれ……。生きた心地がしなかったぞ」
「ワイバーンに襲われていたのか?」
「ちょうど採掘を始めてから背後を塞がれてな。万事休すというやつだったが……──改めて、私はニルケルススという。助けてくれてありがとう」
「俺は……とんかち、と──……」
あ、どうしよう。とんかちでいいのか? 名乗り。
「ト・カッツィオ? どこの氏族だね。随分古風な名前だな」
古風……? 氏族……?
しまった。エルフはそういうのを重んじる世界観なんだろうか。
どう名乗るべきなんだろうかこれは。
回答に悩んでいると、ニルケルススが手のひらを挙げる。
「悪い悪い。こういうところに住んでいるということは、お前さんも同類か。エルフの社会は窮屈だからな。詮索はよそう」
「あ、ああ。助かるよ」
話がわかる相手で助かった。
どこまで話していいものかわからない状態で、迂闊に何もかも話すのは危険だ。
ニルケルススと名乗った彼は、どっかとその場であぐらをかいて俺に問いかける。
「ところで、こんなところで狩りかね? 私が言うのもなんだが、食い物を狩るには不向きだぞここは。見たところ冒険という雰囲気でもなさそうだが」
「いや、狩りに来たんじゃなく……。俺は鍛冶屋で、試作品を振るってもらってたところなんだ」
「試作品? そのハルバードがか?」
「俺では振れないから彼女に頼んで試してもらったんだ」
「──とんでもないものを作っているな。ワイバーンを両断するハルバードか……」
「彼女が強いからじゃないのか?」
「いいえ! 我が主は名工ですからね! だからこその切れ味です。店員のわたしが保証します」
「店員が保証しても、保証にはならんだろう」
呆れ顔でイグニカを指差すニルケルスス。
返答は刃の先端だ。
「やめて先端をこちらに向けるのはやめて! 同胞ゥ! 助けてくれェ!」
「主。腕を疑われるということは決闘を申し込まれたのと同じことですよ?」
「そんな修羅みたいな価値観してないよ! 待って!」
再び命の危機から脱したニルケルススがため息をつく。
口は災いの元、と忠告してやりたい。
このエルフはやたら正直というか、歯に衣着せぬタイプのようだ。
「いや恐ろしい……──そうか。試作か。ところで、私もそれなりに目利きのつもりだ。その試作品、見せてもらってもいいか?」
「見知らぬものに武器を渡すとでも?」
見おろすイグニカが、切っ先をゆらりとニルケルススの方へと向ける
その視線をどこ吹く風と受け流しながら、彼は手をひらひらと振りながら答える。
「竜のお嬢さんよ? 私がそれを振り回したとしてだ。それが届く前にあんたは私を真っ二つにできるだろう。心配には及ばんよ」
「……それもそうですね。主、どうしますか?」
「別に襲われる理由もないし、意見を聞けるのはありがたい。こちらからお願いしたいところだよ」
「なあに。私も命の恩人をだまくらかすほど落ちぶれちゃいない。石に愛されない男にはなりたくないのでな」
ニルケルススはハルバードを手にとって、丁寧な手つきで取り扱いながら刃先から柄まで品定めしていく。
ぶつぶつと何か呟きながら、魔法を使っているのか手元が時折光っている。
「同胞。鍛冶屋をやってどれくらいかね」
「200年?」
「なぜ疑問形なのだ。 その前に、本当にお前さんがこれを作ったのか?」
「いつ頃からかはちょっと……。 ああ、でもそれは昨日俺が作ったものだ」
「こいつは名工の作というより、魔剣の類だぞ。こんなモノを作れる同胞がいるとは……にわかに信じられん。アーティファクトの類じゃないのか」
「……あー。どうだったかなー……」
これはまずいと思って目を逸らしてはぐらかす。
ニルケルススはハルバードをこちらに差し出しながら真剣な顔で言う。
「……まず返させてくれ。俺もこんな物騒な宝物を預かって話すのは気が引ける」
「あ、ああ。このハルバード、それほどのものなのか?」
「付呪の数は別として、その強さがただ事ではない。それにその材質。鋼ではないだろう?」
「ああ。武勇鋼だよ」
「何だね? その聞いたことのない金属は」
「うーん。説明が難しい。よかったら工房にこないか?」
「主!」
「いずれにしても外の情報を知らないと、これからどうしていいか決められないんだ。ここらに人があまりこないのなら、貴重な機会だと俺は思うんだが……」
「このエルフを信用するのですか?」
ニルケルススは呆れ顔でこちらを眺めながら苦笑する。
「それを、本人の前で言うかね? 私がヘソを曲げたらどうする。 お前さんも色々ある身で安易に根城に人を招くものではないぞ」
「それに、本人が親切にこう言ってるんだから招いてもいいんじゃないかと思うんだ」
「悪人だからこそ、そういうことに頭が回るのかもしれんぞ?」
疑われている当人のくせに、もはや他人事とばかりのニルケルススはパイプのような道具で煙草をふかしはじめる。
「氏族を飛び出した身なら、用心はするに越したことはない」
「用心という点なら、武器を持った者の間合いでのんびりしてるのはどうなんだ?」
「これは開き直りというやつだ。ワイバーンより強い相手にどうこうしては命がいくつあっても足りん」
「なら決まりだ。ちょっと話を聞かせてくれ。俺もここの──最近のここらのことが知りたいんだ」
「よかろうよかろう。石を愛し石に愛される男ニルケルススが、森に籠もった跳ねっ返りエルフに世情というものを教えてしんぜよう」
立ち上がって身体についた草を払ったニルケルススは手を差し出してくる。
少し悩んでその手を取り、握手を交わす。
「とは言え、私もあちこちを旅する身でな。期待通りとはいかないかもしれないが、よろしいか?」
「ああ。よろしく頼むよ。せめてものもてなしはさせてもらうよ」
◇◆◇
ニルケルススを伴って店側から入り、カウンターに案内する。
が、カウンターに腰掛ける間もなく彼は商品棚の隅にある素材バラ売りコーナーの前に張り付いて動かなくなった。
「アアッー!! ファイアルビー!! トゥルーエメラルド!! ブルーダイヤモンド!! 白琥珀!! 何だこのクリスタルは!? この偏光具合!! 知らん!! 知らんぞこんな美姫は!! こんなに大粒の!! ナイスバディの!! それがこんなに!! 愛を!! 愛を囁いているぅううう!! これはどういうことだ!! お前さん何者だ!! まさか、この美姫たちはどこから!! まさか拐かし……」
「鍛冶屋です。 拐かしてないです」
「鍛冶屋がなぜにこんな宝玉を集めておるのだ!! ──お前さん、これ……まさか、焼いたりするのか? 美姫たちを、焼い、焼いて武器を……? お前さん、人でなしか……?」
「いや使うことは使うけど、焼いてるわけでは多分ない……」
「主。これうるさいですね」
これ、とか言うんじゃありません。
イグニカは盛り上がっているエルフを半目で眺め、俺は矢継ぎ早に飛んでくる質問をなんとか受け流している。
一方、客人であるはずのエルフは挨拶もそこそこに棚の前に張り付いて素っ頓狂なことをまくし立てながら、それでも石に触るでもなく身体を捻じくれながら狂喜乱舞している。
これは、招く人間を間違えたかも知れない……。
そんな不安に駆られる俺に、ニルケルススが振り返る。
「お前さん、本当に鍛冶屋か? なんでこんなとんでもないものを売っとるのだ」
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