第7話 目覚めた朝は輝く青空と黒い影
翌朝。目が覚めるとものすごく身体が軽い。
夜明け間もないだろうが、恐ろしく清々しい目覚めだ。
「……──すごい良く眠れた」
窓を開けて外を見回してみる。どこまでも、もう本当にどこまでも緑だ。
森の奥に目を凝らしてみても、何があるのかわからないくらいに森は深い。
窓から入ってくる空気は澄んでいて、前の世界なら──前の世界と言っていいのだろうか──高速道路を使って数時間は走らないとこんな空気は吸えなかった。
ドアから出てキッチンに向かっていくと、既に起きていたイグニカと鉢合わせる。
「おはようございます♪ 主」
「おはよう。イグニカ」
「良く眠れましたか? お水です。どうぞ」
「ありがとう」
椅子に座って、イグニカが出してくれた水を飲む。
汲みおいてくれたもののようだが、水もうまい。
昨日は気付けなかったが、空気もうまい。
「ありがとう。あぁ~……ここ数年で一番良く眠れたかもしれない」
「ご自分の家ですから、くつろげているのが一番です。朝ご飯はあっちにいる鹿にしますか? それとも向こうの山羊?」
「それ今から狩るってこと?」
そいつは朝からワイルドでヘビーだ。
「あ、いや。狩りはちょっとまって。ひとまずサンドイッチとかどうかな?」
「昨日のですね! 大好物です!」
箱から昨日と同じものを取り出してサンドイッチを作る。梨とリンゴも添えて。
朝食一緒に摂りながら今日の予定を話し合う。
「今日はどうなさるんですか?」
「昨日は細工ができたから、自分が何を作れるのか確かめてみようと思って」
「鍛冶はなさらないんですか?」
「鍛冶……と、言っても何が作れるのかなってところなんだよな」
◇◆◇
作業場の鍛冶台の前で腕を組んで考える。
それで、何を作れるんだろう? ぼんやりと頭を捻りながらインゴットなどの素材を眺める。
「とりあえずあるものを複製してみればいいか」
近くにあった箱から飛び出していた柄を掴んで引きずり出す。
ぐわぁん……という音とともに、恐ろしげな刃が出てくる。ハルバードだ。
片手で持ち上げるのも辛いくらいの重さと長さ。
「これが作れれば、まあそれなり以上だよなあ」
炉にはイグニカに火を入れてもらってある。
大量の炭は既に熾きて赤熱しており、これなら作業もできるだろう。
とは言え、ここからどうすればいいのか──そこまで考えてから、身体が自然に動き始める。
インゴット、柄の材木、握り手用の革紐、強化用の特殊金属インゴット、次々と素材を取り出して、作業台に並べる。
鞴を片手で操りながら、炭床に置いた棒の上に並べて溶融させていく。
灼ける金属から放たれる熱を受けながら無心でハンマーを振るい、焼入れし、また赤熱させて整形。この工程を何度も何度も繰り返す。
次第に斧型の部分の形が見え始めたところで、尖端の槍部分を切り出し、反対側の爪部分も切り出した。
赤熱して爆ぜる金属。鎚を叩きつけるたびに散る火花。
見たこともない光景のはずだが、次に何をすれば良いのかか身体が分かっている。
そして顔を上げたとき、眼の前には継ぎ目がわからないほど精巧に繋げられ、固く革紐を巻かれた柄と、刃と槍と爪の3つの機能を併せ持つハルバードの刃が出来上がっていた。
身体が動くままにそれを柄に留め、幾度か振るって具合を確かめる。
「できたのか……」
もはや唖然としてしまっている。
身体が覚えているというレベルでいいのだろうかこれは。
しかし、なんだかこれでは未完成という気がしてしまう。
ハルバードを手にしてもう一つの炉に向かう。
錬成炉、アーケインフォージ。
ゲーム時代にはそう呼んでいた、蒼い輝きに満ちた謎の機材の前で頭を捻る。
もはやこれに至ってはここからどうするのかすら想像すらつかないのだが?
先端を入れる? この光っているところに? いや、かざす? なんか出るのか?
手が自然と動き、錬成炉の上にハルバードをかざして手を離す。
宙に浮いたそれに向かって両手を伸ばし、頭の中に流れ込む理の通りに宝石と素材、魔力の塊を掴み取って炉に放り込む。
雷、吸精、吸魔、呪縛、いや羽根が如き、言葉が頭の中で駆け巡る。
身体から手のひらへと奔る力をそのまま吐き出すように力を込めるたびに炉から輝きが溢れる。
工程を終えたハルバードを掴み、掲げる。
雷撃のハルバード。銘にはまた、TONKACHIと入っている。
そこで集中の糸が切れて、急にハルバードが重たくなる。
「おわっ!」
バランスを崩してハルバードから手を離すと、刃が真っ直ぐ振り下ろされ、近くの作業台に深々と刃を食い込ませる。
ゾッとしながらそれを引き抜いて、近場に立てかけると立ち上がって腰を後ろに反らせる。
「できてしまったか……」
そこでふらっとめまいに襲われてその場にへたり込む。
チカチカとふらつく視界の端に、イグニカの姿が見えた気がしたが猛烈な眠気で身体を動かすこともできず、意識は闇に沈んでいった。
◇◆◇
強烈な空腹感と乾きで目を覚ました。
ベッドから身を起こすと、近場の椅子に座っていたらしいイグニカから肩に手を添えられる。
「主。大丈夫ですか?」
「ああ。うん。なんともないんだけど……腹が減ってて」
「すぐになにかお持ちしますね」
身体を起こして、周囲を見回す。
窓の外は朝焼けか夕焼け。
腕や肩にじんわりとした疲れを感じる以外、何もおかしなところはない。
しかし、とにかく腹が減っていて胃がねじ切れそうなくらいだ。
「主。こちらどうぞ」
リンゴの山と切り分けて食べるほどのパンが2つ。
普段ならば食べ切れるはずもない量だが一度齧ると止まらないほど食が進む。
「ゲホッ……ゴホッ……。ありがとう」
瞬く間にパンとリンゴを食べてしまってから、イグニカから渡された水瓶からごくごくと水を飲み干していく。
「主、丸一日も飲まず食わすでしたからね。もう夜明けですよ」
「そんなに長いこと籠もってたの? そんなに……」
「ええ。突然倒れる音と刃の音がして肝が冷えました……」
「申し訳ない。心配をかけてしまったみたいだ」
「そうですよ! 心配したんですからね!」
頭を抱かれながら、イグニカの背中に手を添える。
華奢な身体だ。
こんな身体からどうしてこんな力が出るんだろう。
頭が全く動かせない。
なにとは言わないが埋もれながらモゴモゴと答える。
「イグニカ。大丈夫。もう大丈夫だから」
「はぁ……主の汗の匂い……──」
「離し、離してェエ!」
◇◆◇
なんとかイグニカから離してもらって、風呂を浴びてから改めて作業場に戻る。
ハルバードを持ってみると、重たくて到底振れるようなものではない。
「まいったな。作れるか試すのはいいが、作ったとしてもそれが使えるかわからん」
「貸してみてください」
隣にいたイグニカが軽々とハルバードを手に持って握りを確かめる。
「ちょっと外で振ってみましょうか」
「ああ、イグニカなら振れるのかな」
イグニカに連れられて建物の外に出てみる。
周囲は完全に森だ。
家の前に少しの草地があって、そこから先は完全に森と言っていいだろう。
しかし、木自体も俺が知っている木よりも遥かに立派なものばかりで木と木の感覚もだいぶ広い。
「少し離れていてもらえますか?」
言われた通りに距離を取って、建物の階段に立つ。
ぐぉんッ! という音を立ててイグニカがハルバードを振るうと、周囲の草を薙ぎ払ってつむじ風が立つ。
「さすが主の逸品ですね。私の爪ほどではないですが、これならワイバーンくらいなら真っ二つでしょうね」
「またまた。イグニカさん。鹿とかでなく?」
「ええ。あそこにいるのをちょっと斬ってみますね」
「あそこ?」
パッと顔をあげると、イグニカが大地を蹴って空に飛び上がる。
「イグニカ!」
彼女を追って、森に踏み込みながら奥に進む。
巨木を避け、巨大な木の根を夢中で飛び越え、森の奥に進んでいくと、少し開けたところでイグニカが恐竜のような顔をした翼のある化け物の前で仁王立ちしている。
「主。ワイバーンです」
「ワイバーンって何!?」
「ワイバーンは、ワイバーンです!」
ザッという音を立ててイグニカが跳び、構えていたハルバードをワイバーンに向かって勢いよく振り下ろす。
その瞬間に空気が引き裂かれるような音とともに雷電が閃き、ワイバーンが亡骸になって転がる。
「素晴らしい逸品です。さすが我が主」
恐る恐る近づいて、イグニカの背後からワイバーンとかいう恐竜を眺める。
頭をカチ割られて胴体まで真っ二つになり、断面は焦げて煙をあげている。
「イグニカが強すぎるだけという線は?」
「持ち手にもよりますが、それでも素晴らしいはずですよ」
ワイバーンの後ろには洞窟のような採掘跡がある。
斬られたそれが動かなくなったのを確かめて、恐る恐る近づいてみる。
ワイバーンから目を離して奥を見ると、物陰から何かがぬっと立ち上がった。
「主ッ!!」
すぐ隣をイグニカがハルバードを木の棒かなにかのように振り回しながら駆ける。
その勢いにビビり散らかした俺は思わずその場にへたり込む。
人影よりイグニカのほうが怖かった。
「待った待った待った!! 助けてくれてありがとう! 殺さんでくれウワァー!」
「イグニカ待って! 待ったーーッ!!」
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