第3話 覚えはなくとも腕を振るえば思い出す
ワインにちびりと口を付けると、パンのようなクセのあるワインらしい香りが立ち上ってくる。口に含んで飲み込むと、アルコールを感じるが、仕事やらなにやらで飲まされたときのような喉を焼く感じはしない。
ゴクっと飲むと、葡萄の香りと濃厚な酸味が口の中に広がる。
夢だとしたら、リアルすぎるよなあ。やっぱ夢じゃないよなあ。
腹の底で感じるアルコールらしいふわっと広がる香りで、緊張していた身体がほぐれるのを感じる。
心底から冷静な気分で呟く。
「ワインだ。夢でもない」
「そうですねえ♪ ワインです! なんと!この豊穣の角笛から一日10本まで出てくるんです!主は用もないのにこれを吹き鳴らしては、出てきたワインをあっちこっちの箱にぽいぽいと……」
え、そんなことしてたの?
……してたな。確かに。
プレイヤーで操作してるときそんなことしてたな。
「だから、あっちこっちの鞄や箱にはワインやブランデーが……うふふ♪ リスがどんぐりを隠して忘れるみたいですねえ」
「それで、その、正直に言って記憶がないんだけど。ここは俺の店で、俺の家なんだね?」
「ええ、そうです。鍛冶屋とんかちです」
ああ、名前そのままなんだ。
自分で付けたハウスネームだけど女の子に眼の前で言われると恥ずかしい。
もっとまともなのをつけておくべきだった。
「この店に並ぶものは、この大陸で最も素晴らしい武具。神剣・魔剣と謳われる武具! 英雄豪傑のための武具を扱う最高の店です!」
そんな大層な店にした覚えはないよ?
ちゃんと良い物売ってただけだよ?
「神剣、魔剣、鎧……?」
「ウチの商品ですよ。途方もない金額ですが、英雄豪傑が使うような武具が買える店と評判なのです」
困ったぞ。
俺が作った記憶がない店に、尾ひれどころか翼まで生えている。
「確かにこだわって作ったクラフト品だけど、途方もない金額じゃなくてユーザー適正価格だったと思うんだ? そんなボッタクリみたいな金額には……」
「ここに来る人間が持っている金貨なんて多くて袋一杯で500やそこらですけど、この店だと数打ちすら買えませんからね」
うん。500ゴールドじゃ何も買えないね。
ベンダーのデフォルト価格の1000ゴールドより安いの置いてなかったもんな。
安いので1M、100万ゴールドだった。
「いやいやいやいや! 値付けの話じゃなかった。魔剣や神剣ってそれは煽りすぎじゃない? 結構頑張って素材選別はしたけど、ユーザーが作れるものであって、ドロップのレジェンド級みたいなのは──」
あ、売ってたな。結構。
「売ってたかもしれない……。ああ、そういう一部にとんでもないものがあったってことか」
「いいえ? うちにあるのは最上級の品だけですけどもっ! なにせ、私が売り子ですからね」
「ハハハ! 優秀!」
セールストークとかそういう感じか。
やっぱり一部にとんでもないものが混じっててそんな話になった……んだよな?
そこでふと気づく。ワイン一本(殆どは彼女がゴクゴクと飲んでしまったが)を二人で飲んだのに、酔っ払う気配がない。
「おかしいな。ぜんぜん酔ってないぞ。ワインなのに……?」
「エルフもほとんど酔いませんしね。やっぱりワイン一本じゃ物足りないに決まってます!」
彼女は鮮やかな手つきでワインを取り出し、宙にくるんっ放ってからその首を切り落とす。またも鮮やかな手つきでワインが注がれる。
わあ、コルク抜き要らず。すごーい。
彼女がかんぱーい!と朗らかに言うのに合わせて、俺もワインを煽る。こうなったら飲んでしまえ飲んでしまえ!
「ドワーフだともっと飲みますしねえ。 彼らはキツ~~いお酒を水みたいに飲みますからね。でも、あれおいしいんですよねぇ~。うっかりすると火が点きますけど、それはそれでアリです。私、大好きです」
「あー、あれか。ドワーフの火酒とかそういうファンタジーなアレか!」
「そうです火酒! ガブガブ飲んではガハガハやってます。ヒゲが全部濡れるほど飲まなきゃ飲んだウチに入らないっていうくらいですから」
「アッハッハ! ドワーフの樽は酒を入れる樽じゃいって感じで! アッハハハ!」
なんか気分良くなってきたぞ。鼻から抜ける香り、気持ちが浮き上がる感覚。
酒を飲みたがる人間の気持ちがわからなかったが、これは好きになるのも頷ける。
わけもなく面白くなってきた。
「ドワーフの火酒も手に入る? 売ったお金で買えばいいよね! アッハハハ! よぉーし! 樽で買っちゃうぞ樽で!」
「わぁーい! お金ならいっぱいありますからね! うっふふふ! 私にも樽でください! 樽でいっぱい!」
「うんうん! 樽なら手刀で切らなくていいしね! 蛇口つけて注げるようにしちゃおう! ドーンと置いて飲めるようにしてやろう!」
「細工師でもある主なら余裕ですよっ! 樽でも蛇口でも!」
「アハハハ! よーし任せ──俺、細工師なの?」
彼女はほんのり色づいた頬に笑みを浮かべて、胸元を指差す。
そこには金色のペンダント。
黄金の枠の中心に、輝く真紅の宝石が配された豪奢なもの。
「主は見た目装備かあ~とか言いながら私にくれましたけど、私の宝物ですよ! 裏には主の銘が入ってます!」
手渡されたそれを裏返してみると、飾り文字でとんかちと彫られている。
ん? 英字だな。やたら流麗なフォントだ。
「さっきの文字と違うな……?」
「この文字ってなんて書いてあるんですか?」
「俺のキャラクターの名前だねえ。とんかち」
途端、彼女はにへにへと笑いながら頬に両手を当て、ゆるゆるの笑顔を見せる。
「そうだったんですね? 今も大切にしてますが、もっと大切にしないと……」
「見せてくれてありがとう」
ペンダントを返すと、彼女は大事そうにそれを身につけて誇らしげに胸を張った。
「というか、銘の字は読めないんだ?」
「こちらの字とは違いますからねえ~。私の知っている文字にこういうものはないですね。主は大体こういう字とか、他の文字でも色々銘をつけてましたね」
確かに銘を打った剣も売っていた。
たしか、グランドマスター以上なら銘は任意で作成者のものをつけられ、それ以外の銘は長期プレイ報奨品で付けられたはずだ。
……待てよ、となると俺がノリで付けたダサカッコいい銘シリーズも世に解き放たれてしまったり──
ふと思いついたヤバい可能性に思いを馳せているところに、手振りを伴って彼女が指摘してくる。
「主なら細工でポーション樽も作れますし、前に作ってそこに飾ってましたよ」
指さされた方向に飾ってあるポーション樽に近づいて、手に取ってみる。
こんなもん、工業製品だろ。作れるのかよこれ?
ぼんやりと眺めていると、頭の中で思い出すときと同じようなひらめきがいくつも浮かんでくる。材料、工程、加工法、知らないはずの知識を思い出せる。
「いける……んだろうか?」
「主はいつも思い立ったようにさっきの加工部屋に籠もって延々と作り続けてましたねえ。懐かしいなぁ~」
「よぉーし! 勢いで作ってみよー! 新しいの作ってみよー! ウッハハハハ!」
◇◆◇
先ほど入った倉庫のような部屋。
倉庫に見えていただけで、本来は作業場だったらしい。
ぎっしりと詰め込まれて並べられている棚や木箱の間を抜けると、その奥には加工に必要な設備類がこれまたぎっしりと並べられている。
細工台らしき作業テーブル、鉄床と炉が備え付けられた鍛冶台、蒼い光が渦巻く錬成炉、そして売買や収集を繰り返して集めに集めたレアアイテムがぎっしり詰まった素材箱。
それらの周りを歩きながら、道具や素材をじっくりと眺める。
さっぱりわからん。
この道具何?
ン~……。ヤスリ。やっとこ。とんかち。以上。
あと、これペンチかな? 先が丸いぞ?
あ──これ、なにもわからないやつだ。
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