灰色の三日月。

 窓からじっと外を見ては、あ、あの子可愛い、この子可愛い、なんて吸血鬼がはしゃいでいる。

 今日はハロウィン。

 周囲に住んでいるのであろう小さな子供たちが、大人と一緒に思い思いの姿で外を歩き回っていた。


「……節操なしめ」

「大丈夫、あたしの中の一番の可愛いは、おーかみくんだから」

「可愛くねえから」


 小声で呟いたつもりが、聞こえていたらしい。

 こちらを見た結良が、目元を緩ませてニコニコと笑っている。


「おーかみくんも仮装する? 狼人間とか、吸血鬼とか」

「吸血鬼はともかく、狼人間は仮装じゃなくてガチだろうが」

「じゃあ魔女だね」

「話につながりがないんだわ、じゃあじゃないし、魔女にもならねえよ」

「フランケンシュタイン?」

「人の話を聞けっ!」


 手を叩いて笑う結良の頬を軽くつねる。

 柔らかくもちもちしている冷たい頬に、なぜか少し、負けた気がした。

 別に、勝ったところで、いいことがあるわけでもないけれど。


「今夜だったら、本物が混ざってもバレないのかな」

「……なにしようと考えてる、お前」

「なにもしないよ。思っただけ」


 窓辺に肘をついて、結良は笑う。

 視線の先では、子供たちが大人に手を引かれ、集団から個へと、散り散りになっていく。家に帰るのだろう。

 子供たちは仲がいいらしい。

 数歩歩いては手を振ったり、振り向いたり。

 なかなか帰らない。また学校で会えるだろうに、なにをそこまで惜しんでいるのか。

 まあでも、確かにあのくらいの年のときは、そうだったかもしれないな、と思い出す。

 家族や俺の体質的な問題で、こんな夜遅くに出歩くことはそうそうなかった。

 だけど、教室でダラダラ話していたら、気づけば空がオレンジ色になっていて、慌てて帰った、なんてことは一度や二度ではなかった。

 そのたびに親に叱られていたっけ。


「お前の友人は、元気なのか?」

「どうして?」


 こっちを向いた結良が、首を傾げる。

 唐突な話題だったかもしれない。

 友人との思い出をなぞっていたらふと、日野との会話を思い出したのだ。


「いや、この間、あの合コン以来久しぶりに会った友人がいて。そいつが、お前以外は全員音信不通だって言ってたから」

「……連絡が取れる子と、取れなくなっちゃった子と、半々かなあ」

「取れない? 音信不通なのか?」


 結良はうーん、とうなりながら、子供たちに視線を戻した。

 落ち着かないのか、肘をついたまま、両手をさすり、握り、そして祈るように組んだ。

 口元には笑みを浮かべたままなのに、大きな瞳は、少し陰った気がした。


「あたしの経験として、だけど。連絡が取れなくなった子は、その後二度と顔を見ることはないんだよね。しかも、他の子もその子の姿を見かけなくなる」

「……まさか」

「狩られた、かな」


 夜の闇に溶かすような、静かな声。

 窓の外では、気が済んだのか、やっと子供たちは大人に手を引かれて、まっすぐに歩き出していた。


「ハンターがこの辺りにいる、なんて話、聞いたことないが」

「最近来たみたい。何人か、別の地域に逃げてる」

「お前は? 逃げないのか?」

「どうしよっかな」

「どうしようかなって」

「おーかみくん、一緒に逃げてくれる?」


 月の光を反射してキラキラと輝く大きな瞳が、俺を見た。

 小さな口は、三日月のように弧を描いた。


「俺と一緒なら、逃げてくれるのか?」


 息が詰まりそうだ。

 声が震えないように、ゆっくりと言葉を吐く。

 結良は、目を細めてほほ笑むと、また外を見た。

 もう、窓の外には誰もいないはずなのに。


「昔ね、そこの角で、吸血鬼が灰になるのを見たの。ハンターに撃たれてね」


 改めて外を見る。

 街灯がポツンと、誰もいない空間を照らしていた。


「よく、見ているのがバレなかったな」

「本当にね」


 結良が笑う。

 その笑い声が儚く感じるほど小さくて、思わずじっと結良を見てしまう。

 視線をそらしたら消えてしまいそう、だなんて、今まで結良に対して思ったこと、なかったのに。


「血の代わりにね、灰が舞ってさ。それがすごく綺麗だったの」

「灰になりたいのか?」

「いつかはね。でも、おーかみくんを見届けてからでもいいかなって最近思っててさ」

「俺が先に死ぬ前提やめろ」

「でも、実際そうでしょ、血の濃さ的に」


 それはそうなので、言い返せず、黙る。

 結良はこちらを見上げると、腰を浮かせて手を伸ばしてきた。

 おとなしく腰を曲げれば、冷たい小さな手が、わしゃわしゃと俺の頭を撫でる。

 俺は犬か。


「可愛くて大事な大事な、あたしだけのおーかみくん。あたしと一緒に逃げてくれますか?」


 思わずじっと結良を見る。

 結良は大きな瞳を静かに俺に向けていた。

 置いていかない、とは言えない。

 嘘になってしまうから。

 でもこれは、嘘ではないし、嘘にはしたくない。

 一度そっと深呼吸をする。


「匿ってくれるんだろ、一緒に逃げるよ」


 ふわりと結良がほほ笑む。

 夜空に浮かぶ儚い三日月のような、笑みだった。

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