隠し事はニンニク入り。

「え、お前なにそれ、首痛めたん?」

「うっせ、このところコリが酷いんだわ」

「あーね、肩とかやべえよな」


 傷を隠すために貼った湿布をさすりながら返せば、数か月ぶりに会った日野ひのが、年は取りたくねえよな、なんて笑う。

 俺のコリは嘘だが、お前のそれはまだ早いだろ、と思わず心の中で突っ込んでしまった。

 俺たちまだ二十前半だぞ。


 日野は俺を例の合コンに誘った本人で、大学からの付き合いだ。

 卒業後、一旦実家に帰っていたが、最近仕事の関係でこちらに引っ越してきたらしい。

 なんだかんだ、一番付き合いの長いだったりする。

 とはいえ、俺が狼人間だということは言っていないが。

 言ったところでこいつはきっと信じないだろうし。


「そういや、合コンのときの子とはまだ続いてるのか?」

「あー……、まあ、続いてはいるよ、うん」


 そう、続いてはいる。嘘ではない。

 ただ、利害が一致していからこそ、関係が続いているというだけで、日野が期待している意味では始まってすらないわけだが。

 そうとは知らない日野は、お、なんて嬉しそうに笑う。

 その笑顔に、罪悪感を覚える。

 嘘ではないけれど、相手を騙している。

 傷を隠すための嘘とはまた違う種類の、それ。

 そのときに感じる心地の悪さが、苦手だった。


「よかったよかった。俺含めて他の奴らは続かなかったんだよなー。なんなら音信不通というか」


 結良の言葉を思い出す。

 曰く、人間はヤワだから、一夜限りなのだ、と。


「ま、詳しい話は今から行く店で聞かせてもらうとして」

「あ? 話すことなんてねえよ」

「照れんなよって。今から行く店、ワインとペペロンチーノが旨いんだ。お前好きだろ」

「俺が好きなのはナポリタンだ、いい加減覚えろよ」

「そうだっけ? 大上おおかみさ、相変わらず味覚が可愛いよなー。甘めのやつがいいんだっけか」

「可愛くねえよ! しかもしっかり覚えてんじゃねえか!」


 好き嫌いに可愛いもなにもないだろ、と更に噛みつけば、笑いながらはいはい、と流される。


 一瞬。ほんの一瞬。

 可愛い、と言われた拍子に三日月のように笑う結良の顔を思い出したのは、しょうがないと思う。

 だってあいつ、会うたびに一回は絶対言うし。

 いや、一回じゃない、十回は言う。なんならもっと言う。そのうちあいつからの呼び方がおーかみくん、から、可愛い、に変わっててもおかしくないくらいには言う。

 それにしても、と今から行く店のメニューを考えて、内心顔をしかめる。

 狼人間であるところの俺もそのあたりの食べ物は苦手なわけだが、まあ、血がかなり薄いおかげで少し体調を崩すくらいだ。致命傷にはならない。

 だけど、結良は違う。

 純粋な吸血鬼ほど血は濃くなくても、結良は俺ほど血が薄まっているわけでもない。

 数日は結良の家には行けないな、とぼんやりと考えた。

 別に毎日会っている訳ではないけれど、会えないとなると少しつまらなく感じてしまうのは、きっと絆され始めているのだろう。

 しょうがない、顔が好みだから。俺は悪くない、うん。いや別に、絆されたら悪いってこともないけれど。

 置いていかない、と言えなかったときの結良の表情が、脳裏に浮かぶ。あれから二か月ほど経っているのに、その表情はひどく鮮明だった。


 いつ結良の家に行っても、あいつ以外の誰かと出くわすことはない。

 あいつはいつも、あの、一人暮らしをするには広い家に、一人でいるのだろうか。


 仲良く談笑している男女とすれ違う。

 あいつの血も俺と同じくらい薄ければよかったのに、と少しだけ思った。

 そうすればあのとき、置いていかない、と、嘘でもなんでもなく言えたのに。


「大上? 首、痛むのか?」

「え?」

「ずっとさすってるからさ」


 前を歩く日野に指摘をされて初めて、無意識に湿布の上から、首筋の傷をさすっていたことに気がついた。


「あー、うん。コリが酷いんだよ、本当に」

「大丈夫かー? いい整体教えようか?」


 朗らかに笑う日野に、頼むわー、なんて適当に返した。


 日野に連れていかれたお店は、ニンニクが効いた料理ばかりで、味は美味しかった。楽しい時間だった。

 帰宅早々ニンニクのせいで腹痛に襲われなければ、更によかったのだが。

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