可愛い可愛い、あたしだけの。

「お前らは、毎度ああいうことしてるのか?」

「毎度? ああいうこと?」


 ジンジンと痛む首を、ガーゼの上から抑える。

 痛みにうめきつつ睨めば、結良はキョトンと首を傾げた。

 こういったある種わざとらしい仕草でさえも絵になるのが腹が立つ。

 もしかしたら、外見が好みだからこそそう思うのかもしれないが。

 中身はただの狼人間好きの嘘つきだとわかっているのに。


 あの合コンから一ヶ月。


 血を与え、そのお礼として満月の日には匿ってもらう関係を俺たちは続けていた。


「人間を騙して誘い込んで、吸血してんのかっていう」

「ああ、なるほど。やきもち?」

「やいてねぇ!」


 即座に否定すれば、結良はケラケラと手を叩いて笑う。


「そうだね。人間はヤワだから普段は一夜限りだし。お腹空いたなぁって思ったら、身内と漁りに行くかな」

「漁るって」

「あ、でも今はおーかみくんがいるから、参加してないよ。おーかみくんはいいよね、タフだから飲み放題だし、美味しいし」

「人をドリンクバーみたいに言うな」

「あはは、いいね、ドリンクバー」

「よくねぇ!」


 笑いながら、ちらりと結良は窓の外に視線を向けた。

 淡い月の光が、彼女の白い肌の輪郭を浮かび上がらせる。

 大きな瞳は、じっと下を見つめていた。

 二階建ての一軒家。この部屋はその二階にある。

 おそらく、下を通る人間を見ているのだろう。

 壁にかかった時計は深夜三時をしめしている。

 こんな時間に出歩く人間なんて、そんなにはいないだろうが。

 ただ、その視線が、気に入らなかった。


「飲み放題なことだけかよ」

「んー?」


 大きな瞳が、俺を映す。


「俺の血しか今飲んでないの」

「えー……。まあ、そうね。あと君、可愛いし」

「可愛いは違うだろ」

「あたしから見たら、若くて可愛いワンちゃんだよ」

「ペットかよ」


 どうだろ。

 目を細めて笑った結良の細い右腕がこちらに伸びてくる。

 小さな手が、頭を優しく撫でたかと思えば、するりと頬を撫でて落ちていく。

 触れていた冷たさが心地よかった。でもそれを認めるのは悔しくて、顔をしかめてしまう。


 そしてその手が俺の目の前に差し出されて。


「お手」

「おいごら」

「ふふ、流石に冗談だよ」


 左手で口元を隠して、結良が笑う。

 右手は伸びて、ガーゼの上をなぞりだす。


「おーかみくん、拗ねたの?」

「別に」

「ふふ、本当に君は可愛いねえ」

「だから可愛くなんか――」

「大丈夫。君がどこかに行くまでは、君の血しか飲まないから」


 三日月のように弧を描いた目が、じっと俺を見る。

 ガーゼの上から傷口を爪で撫でるように引っ掻かれて、喉から詰まったような声が出た。

 俺の体の横に、結良の左手が降ろされる。

 ベットが鳴る。

 布越しに冷たいぬくもりが、ぴたりと貼りついた。

 ガーゼが剥がされたのを、ピリッとした皮膚の痛みで知る。


「まだ、飲むのかよ……っ」


 くすくすと笑い声。

 

「飲み干したいくらい可愛いおーかみくんのせいで、あたし、喉が乾いちゃった」

「ふざけ、……つっ」

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