第16話 忘れない

 キヨは、元々ここの守神として産まれた。それなのに、皆を不幸にしていると自分を責めた。

 苦しさと自分に向けられる矢のような視線に、痛みを隠して生きてきた。


『君のせいじゃない。白きもの達に居場所を』


 そう言ってこの黄金の建物を建てたのが、緋色アケシキ。その時に飲んだ赤の彼岸花。それを無毒化させて、白きものに好かれる体質になったんだとか。




 なんだか、何かの物語の中であったような話。自分事として捉えられない。もちろん、自分の中に流れる血は彼と同じものなのだ。

 だからこそ、"赤きもの"とされた。



 キヨは、意を決して話をこう切り出したのだ。それと同時にあたしから少し離れ、しっかりと目を合わせる。

 そんな苦しそうな表情のキヨを見ていると、この悲しい話と相まって胸をえぐられる。冷たい風が喉を冷やして声を奪う。




「それから、アケシキが亡くなって……一変した。というよりも、元に戻ったんだ」

「人はダメと言われるのは、それでなのですね」

「我々と違って、人というのは移ろいいくものだから。死も早い。忘れられるのも早い」



 ツゥっと流れる涙が地面に落ちた。ゆっくりと赤の瞳が瞼に隠れる。




「あたし、"白きもの"を救いたい。でも、どうしたら?」

「私がまずはここの守神に」

「やっぱ、キヨは神様なんですね!」


 思わず声に出てしまったと、手で口を押さえた。"私は神じゃない"と言っていたのも自分のことを責めてのことだったはず。それなのにあたしは、知ってもなお口にしてしまったのだ。



「……では、ない」

「神様になる、ですね!」


 あたしは、立ち上がって手を差し伸べた。私だって"ヒイロ"だ。太陽の光を背に背負って、満面の笑みを向ける。



「赤きものは、やはり生命力に溢れている」

「そうですか?」



 あたしの手を握って、力をかけずに立ち上がった。そのすらりと伸ばした背中は、もう先ほどまでの儚さは消えている。押しても簡単には崩れなさそうだ。



 少しそれが嬉しく感じて、あたしは声を弾ませた。



「じゃあ! あたしは、赤きものとしてやれることやりますよ! まずは……」

「まずは、金の建物を解放する」



 思ってなかった言葉が返ってきて、目を輝かせる。柔らかな抑揚をつけて、ふわりと花が咲くような笑みを向けられた。



 先ほどまでの涙なんて嘘のよう。それでも、傷を沢山負っているのは間違いないのだ。



「金の建物は、解放して何に使いましょう?」

「私は守神として、困ったものを助ける」


 そして、距離があるのかあたしの視線を探った。少し顔だけ近づけられて、形いい弧を描いてどうやるのか説明を加えた。


 

「そのストラップは、お守りになる。それを入り口に掲げておくと、悩める人が来て……」


 キヨは、身を翻し太陽を見上げた。あたしは、その背中をじっと見つめる。



「それを助けるのですね」

「元より、白きものは……マシロのように、人を助けるために生きて生きていたんだ」



『ここに来るまで、そんな大切なことを忘れていた』と小さく小さく独り言を呟いた。それは、もはや心の中に留めておけない思いが漏れたように。



「……」



 あたしは、無言を続ける。それは、キヨの固まった意思と気持ちを見守るしかできないのだから。

 やれることはやる。そんなことを言ったところで、あたしに出来ることは殆どない。



 



 


 

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