第15話 毒

 スゥっと深呼吸をして、一歩前に出てキヨに近づいた。


「記憶の中にって、どうやって抜け出すんです?」

「至極簡単なこと」



 そう言って懐から、小さな小瓶を取り出す。その中には、赤と白の彼岸花の細長い花びらが入っていた。ガラスの重さだけの小瓶を私の手のひらに握らせた。




「えっと?」

「毒をもって毒を制す。ある場所に生える白の彼岸花には、毒が入っていない」

「はぁ……」

「それを食した人は、赤きものになれるらしい」



 あたしは、そこで疑問が生まれた。確かにあたしのことを"赤きもの"と、ここのアルビノの生き物は口を揃えて言った。しかしそんなものを口にした覚えはもちろん無い。




 口をうっすらと開き、少し息を吸った。そして、手のひらの小瓶を入り口の隙間から伸びる光に当てる。



 きらりと光を反射させ、中の花びらの白も赤も色が混ざった。太陽の光で、瓶の中の花びらが消える。

 


「毒……かぁ」

「あぁ。それは、食した人間の子孫にも反映されるそうだ」



 その話を聞いてようやく自分の疑問が晴れる。緋色の名を持つ祖先が、無毒化させたのだろう。その子孫がたまたま、自分というとことなのだ。

 そこまで考えて、小瓶を掲げて見上げた視線を落とし、小瓶を手の中に戻した。


 光を受けて溶け合ったはずの2枚の花弁が、しっかりとそれぞれ独立をする。

 微かに揺れる2枚の花弁に、胸がざわつく。



 このざわつく感覚に、不安な思いのまま悟られないようにゴクリの生唾を飲み込む。


「その場所を探せばいいのですね?」



 キヨは軽く頷いて、あたしに背を向けた。それはまるで、早く探しに行こうと言っているようだ。あたしは、そのキヨの隣に並ぶ。

 横目でちらりとみてみると、キヨは口に力を入れて結んでいる。



「……何か心配なことでも?」

「おそらく、毒のない彼岸花は……」

「そうそう見つからないって言いたいのですね?」



 頷きもせず、視線を伏せて重力に任せるように頭もしたに落ちていく。表情を隠すためなのか、シュルリと白蛇びゃくだの姿になった。



「とりあえず、彼岸花の咲く場所に行く」



 そうして滑らかな動きで、身体を動かした。あたしも言葉を飲み込み、足音だけを鳴らしてついていく。





 ****



 赤の彼岸花がギュッと身を寄せ合って、富士色の空に背を伸ばす。一輪の白の彼岸花を取り囲んだ赤は、どこか赤すぎて息が詰まりそうになる。

 白の彼岸花は、なんの心配事もなさそうに優雅に風を受けてそよぐ。


 キヨは、その彼岸花になんの躊躇いもなく身体を捩じ込む。あたしは、その一連の動きをみつめるしかできない。




「……ここでも、彼岸花が」



 彼岸花の花がキヨを避けて道を開ける。白の彼岸花に導くようにして、促されている。

 天井の花である、曼珠沙華まんじゅしゃげ。どこか足でもあるのか。と思わせる動きだ。




「ヒイロ」

「はい!」

「白の彼岸花に触ってみて」



 キヨにそう言われて、あたしは少し屈んで指を伸ばす。指先が白の彼岸花にそっと触れた。すると一枚の花弁が舞い落ちる。

 左右にゆらめきながら、落ちていき地面につく直前にの形に変わった。そして、その平花結びのストラップは地面につかないスレスレでとどまっている。



 あたしは、頭で考えるより先に手が動いていた。そっと触れるとどこか温かさを感じる。ギュッと握り、手の中のストラップをたしかめた。



「白い生物せいぶつは、迫害を受けてきた」

「それでも昔は、違ったのですね? こうして助け舟をくれた人がいた、と」

「そういうこと。でも、今はもう助けてくれる人はいないだろう」



 あたしの手の中のストラップが、主張を始める。『あなたがやるしかない』そう言ってるように感じた。




「どうやったら、ここの皆さんは助かりますか?」

「それを、あの屏風のところへ持っていこう。そしたらきっと元の場所に戻れる。"自分は選ばれた"といえばいい」



 そう言い、キヨは人の形になった。あたしよりも大きくて、頼り甲斐のある芯のある声の持ち主。それなのに今は、触れたら壊れてしまいそうなほど脆く危うさを感じる。


 あたしには、その表情の意味がわからない。瞬きを2つ、3つして目を見開いた。

 ガラスのような光を放つ涙を流していたのだ。壊れそうなキヨに手で触れ、優しく抱きしめた。



 今ではあたしの腕の中で、小さく小さくなっている。

 

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