第14話 赤きもの
白い彼岸花を思い出す。赤色の花弁が、あたしが触れた途端に白色に変わったのだ。不思議で仕方がない。
「赤きもの……」
「毒を毒としない。だからこそ、人が怖いと思う白きものも何ということもないのでしょうね」
そして、風が吹きカラカラと音を立てて赤の提灯が揺れた。提灯の光のゆらめきが、金の壁をキラキラと光らせる。
「白きものって、神聖なものですよね?」
「えぇ。そういうことにしてくれたのも、赤きものです」
あたしの方に顔を向けて、ふふっと優しく笑った。そして、改めて金の建物の方に走り出す。マシロの後ろをあたしのついていく。
訛りのついた重い足をなんとか動かして、金の建物に近づく。近づくほどに、その大きさがいかに凄いかがよくわかる。
重々しい屋根は、大きな影を作る。全ての闇を包むように、金と黒のコントラストを生み出している。見上げた屋根は、金で身を包んでいる。
「赤は、生命の輝き。白は、神の光。……この世のバランスなんだそうですよ」
そう言って、金の建物の扉を開いた。中に太陽光が差し込む。部屋の中央に、大きな屏風が置かれていた。
『赤の名前は、生命の輝きがある。白きものは、神聖な生物』
と書かれている。なんだか、あたしは、心がざわつく。むず痒さに耐えられなくて、開けられた扉を潜って中に入った。
マシロは、再度ふふっと笑い声をあげている。笑い声は、耳に届いている。それなのに、右から左に聞き流して足をどんどん中に進めていく。
ローファーを脱いで、あたしはその屏風の前で立ち止まる。ツンとした墨の香りが、鼻をかけてくる。その香りの強さから、割と最近書かれたものであることを感じさせる。
「これは、最近書かれたんですか?」
「いえ。この建物が建立された時ですね」
そう言われても信じられないほどの濃い墨の香りと、ヒノキの柔らかな香りに包まれているのだ。ぐるりと、周りを見渡した。
赤の彼岸花と白の彼岸花のイラストが、
上を見ていた視線を屏風に落とした。その屏風の周りには、金粉が散らされていた。金粉の隙間を縫って文字が書かれていた。
――緋色。
ドキリとして、心臓が止まるような感覚になった。目を見開いて、固まってしまう。
「どうしました? ヒイロさん?」
そのあたしの反応を見て、マシロが部屋に上がり近づいてくる。あたしの顔を下から覗き込んだ。
「緋色……?」
「はい。なので、驚きました。緋色様は、この屏風を書いた人です」
「あたしの祖先が、緋色と書いて”アケシキ”と言う人がいたんです。そこからとって、ヒイロと名付けられました」
なめらかで滑るように書かれた、その文字をマジマジと見入る。美しくて、癖のひとつもない。
「キヨさま!」
すっかり魅入ってしまって、後ろから忍び寄る人に気が付かなかった。マシロの声でようやく気がついたのだ。ぱっと後ろを振り返ると、そこにはよく見知ったキヨの姿があった。
人の姿で、白の着物をしっかり着用している。
「キヨさん?」
「あれ、なんでここに?」
あたしとキヨの間に立っているマシロは、訳が分からなさそうに視線を言ったいりきたりしている。
(と言うことは、ここは元いた世界と同じ世界線?)
あたしは、キヨの顔をじっと見つめる。陶器のようなさらりとした白い肌に澄んだ赤い瞳。風にゆらゆらと靡く髪。あの時に見たキヨとなんら変わらない。
手を伸ばすと崩れそうな儚さで、私は手のひらをギュッと握りしめた。
「キヨさん、あたしのことは知ってるんですよね?」
「もちろん」
なんの質問をされているのかわからない、と首を傾げている。その反応を見て、あたしは少し肩を撫で下ろす。
――あたしは、元から別の世界になど行ってなかったんだ。
「でも、ここは少し違う場所」
「違う?」
「彼岸花の記憶の中」
唐突に理解し難い言葉が飛んできて、固まってしまう。瞬きすらも忘れて、凍りついた。
しかし、こんなことで驚いていたって今更だ。
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