第12話 何を望む?

 冷たい雰囲気を纏う赤い彼岸花。それとは反対に温かく包んでいくれる白の彼岸花。この相反する温度差はなんだろうか。


 冷たい風があたしを包む。赤い彼岸花が、足元をぐるりと囲み離してくれない。グッと喉を締めつけられ、呼吸がままならない。心臓は早鐘を打ち、苦しさに唇を開き口呼吸になる。


 耳にきこてくるのは、自分の脈拍音だけ。それをかき消すように、赤の彼岸花に手を伸ばす。酸素が不足して痺れる指先を微かに震わせて、おそるおそる触れる。



 ――その刹那。目の前が真っ赤に染まる。……いや、正確にいえば。全身の力が抜けて倒れ込み、赤の彼岸花に埋もれている状態だ。顔だけで上げようとすればするだけ、下に下へと引き摺り込まれていく。




 息苦しさからあたしは、目を閉じた。




 ****



 ……もし貴方がひとつ望むなら、何を望みますか?



 ハッとなり目を開いた。薄い富士色の空がどこまでも広く澄み渡り、心地よい風が頬を撫でる。声が聞こえてきた気がしたのに、辺りには人ひとりいない。


 

 耳をすましてみると、遠くで鈴が鳴るような音が聞こえてくる。



 その鈴の音共に、穏やかな川のせせらぎの音もする。魚が跳ねる水音に、岩にぶつかり勢いを増す急流音。

 その音が、先ほどまでの息苦しさから解放していく。ようやく肩の力をふっと抜いて、川側で凛と佇む赤の彼岸花が視線のはじで揺れているのに気がついた。



 どうやら、鈴のような音は赤の彼岸花が揺れると鳴るようだ。澄んだ空がその凛とした音を吸い込んでいく。




「お姉さん、どうしてこんなところにいるのです?」

「え?」




 声は聞こえてくるのに、周りには赤の彼岸花しか咲いていない。キョロキョロと辺りを見渡すだけになった。




「下です!」



 そう言われて、声のする方へ視線を投げて下にずらす。すると、そこには白のネズミがいた。目は赤い瞳……アルビノのネズミだ。



 太陽の光を受けて赤の瞳は、キラキラと輝き真っ白の身体は赤の彼岸花を背景にくっきりと浮かび上がる。



「えっと?」

「こんな辺鄙な場所にどうしていらっしゃるのです?」

「ちょっと……、自分でもよくわからなくて」



 空笑いをして、解答を濁した。乾いたあたしの笑い声が、自分の耳にも入ってくる。



「そうですか。それでは、願いが叶うといわれたら、何を願いますか?」

「どんなことでも叶えてくれるのですか?」

「いえ、叶えることはできません。神様ではありませんからね。……ただし、叶えるためのお手伝いが出来ます」



 あたしは、ここでも"神様ではない"の言葉を聞くとは思ってもみなかった。

 しかし、この白いネズミに頼む他ない。



「元いた世界に戻りたいんです」

「元の世界?」



 こくりとあたしは、頷いた。小さなネズミは、薄いピンクの手でヒゲを弾く。どうやら何かを悩んでいるようだ。



「わかりました!」



 そういうと、赤の彼岸花の花弁を一枚ちぎり取った。ひらりと舞い落ちた。


 

 

 

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