第41課題 ウォール・トゥ・クライム07——【昇乃佳奈美2】
下の方がなにやら騒がしい。
「なにかあったの?」
イヤホンマイクの向こう側にいる
『一人墜落した。
「うん」
わたしは
自分は取り柄のないクライマーだった。正対ムーブ、ダイアゴナル……すべてのムーブがそつなくこなせる。けれどそれだけ。ボルダリングがただ好きで、趣味でやっていた。プロのクライマーになろうと言う思いはなかった。
けれどある日、10m級の個人ボルダリングに出てたまたま優勝して、
わたしはペア競技には興味がなかったし、これ以上注目されるのも望んではいなかった。けれど、褒められたりもてはやされたりされることは別に嫌ではなかった。取り柄のないわたしの自己肯定感が上がる瞬間でもあった。
だからわたしは
わたしのムーブは地味だったけれど、雑誌やメディアにはなんでもそつなくこなすオールマイティなクライマーとして紹介された。それは
「地味かもしれないが、確かな技術に裏打ちされている。本物のクライマーだ」
そんな風に言ってくれた。彼の発言に応えるように頑張って、わたしたちは勝利し続けた。
勝利を重ねるごとにスポンサーも増えて行った。CMのオファーも来た。好きなことをしてお金を貰えることは嬉しかった。しかしそれと同時に、わたしの偽物が度々わたしを脅かすようになっていった。皮肉なことに、偽物とシンクロする不思議な現象——“
しかし勝利を重ねるごとに、こんなこといつまでも続けられるだろうかと言う不安感が増していった。
そんな折、
「あくまで現状ベースだが、おそらくクライマーとしてのピークは25歳くらいだ。ただのクライマーとして稼ぎ続けるのは難しいだろう。しかしそれならば、そうなるまでに業績を上げて知名度を確保し、ボルダリングジムを開き、トレーナーとして人に教える立場になればいい。そうすれば将来安泰になるだろう」
「でもそうしたら、
「私の選手生命は長い。経験を積めば積むほどオブザーバーとしての精度は上がっていく。
とてもいい話だと思った。お互いに互恵関係を続けられるなら、それに越したことはない。
何度もペアとして試合に出て行くうち、
「だったら、言わないと……でも」
すぐに払拭した。でも、だからなんだと言うのだ。ルール的にもAIはNGとは書かれていない。将棋とボルダリングペアは違うのだ。
ただ。もしも発覚したら次回からNGにするような流れは絶対に出て来るだろう。そうしたら勝てなくなるかもしれない。そうなったらジムを開いて人を育てることもできなくなる。好きなことでお金を稼げなくなる。
……いや、違う。憶測だ。ペアを信じよう。AIは使ってない。
この大会も優勝する。優勝した人が正しい。わたしが勝てば
わたしの偽物が壁の上の方でこちらを見ながら「うんうん」と首を縦に振っている。わたしよりかわいい笑顔で。彼女が言うなら間違いない。彼女はわたしよりもずっと正しい。わたしはどんどん高度を上げて偽物に近付いて行く。もう少しで一緒になれる。偽物になったらそれはもうわたしじゃあない。そうすればもう、考えなくて済む。楽になれる。全部を任せられる。
不意に、下からただならぬプレッシャーを感じた。立ち上る炎のように熱い。誰のものだろうこれは。
『なーにつまんなさそうに登ってんの?』
「え!?」
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