第36課題 ウォール・トゥ・クライム02——【紗々棋一葉6】
「わかった。アタシはアタシとして、アタシができることを精一杯頑張るよ」
控室での
だから予選である準決勝は危なげなく勝てた。僕の導き出したルートに100%応えるような形で。
決勝でも
誰もいない控室に入れられる。
「なにか?」
「この間、僕がデータ取りの話をしたとき、
「心外だな。怒ったなどと。私は他の選手の戦い方に立ち入るべきではないと教えてやったまでだ」
あれが無意識的な怒りだとすれば、やはり
「AIを使っているんですね」
僕がズバリ言うと、
「やはりあのときすでにわかっていたのに、しらばっくれていたのか」
「いいえ。あのときは気付いていませんでした。クライマーのデータを細かく取っている
「それで? 脅しに来たのか?」
「いいえ。お願いをしに来ました」
「お願い?」
「そうです。どうか、正々堂々と戦ってください」
「なぜそんなことを願うのかな?」
「僕は別にあなたの不正を白日の下に晒してやろうなんて思ってない。ただ真剣勝負がしたい。あなたの元カノの
「それを
「ですから、彼女には言っていません。不正の事実は明らかになりません。だからせめて、正々堂々と戦ってください」
彼は肩を落として深々と息を吐いた。
それから僕を見上げる。
「大人の世界がわかってない坊やに社会のことを教えてやろう。まず、正々堂々なんてものはエンタメ競技である以上有り得ない。なぜなら、勝者は確定しているからだ」
「どういうことですか」
「今回のこの大会でなにか不満はないか?」
「不満?」
「シード権はなぜ存在するのかね?」
「それは人数の関係で仕方なく」
「それなら予選で勝ち上がれる選手の数を調整すればいいと思わないか? 母数が初めから決まっていたり事前に調整が不可能だったりするならまだしも、この大会の特性上、それらは問題なくクリアできるはずだ」
「じゃあなんでシード権が」
「体力温存。前回王者にもう一度勝ってもらうためさ」
「言ったろう。エンタメなのだよ。みな絶対的王者の存在を欲している。
スポーツ番組を見たことがあるか? 確かにすべての選手がバランスよく強ければ、試合は見応えがあるだろう。だが、試合の見応えがあるだけでは意味がない。エンタメ競技としてやっている以上、金を生まなければ。
そのために王者が必要なんだ。とてつもなく強い王者が君臨するからこそ、ファンが生まれる。ファンはたくさんの金を落とす。王者のクライミングシューズやクライミングウェアを皆欲しがる。王者が買い替えるたびに、クライミング関係のグッズが売れる。だからスポンサーになりたがる。スポンサーは大会を開く。
そしてこの大会の主催者は
「シードくらいで勝ちは確定しないでしょう。確かに体力は温存できるけれど、その分ウォーミングアップになったって
「もちろんそれだけじゃあ勝ち
組んだ足の上に組んだ指を置いて続ける。
「このウォール・トゥ・クライムでは徐々に壁が減っていくのをご存じかな?」
最高峰の戦いの舞台は6角形の塔。この塔は、麓から50メートル地点で一面、以降25メートル進むごとに一面が減って行って、最後は二面になる。最初のリードが覆りにくい仕様となっている。そして最後の二面は天辺で繋がっている。これまでの大会では別々の頂上を目指していたが、最後の二人は同じ頂上を目指して登ることになる。
「この壁の面数が減っていくと言うのは駆け引きを生み出す、大会を盛り上げるために作られたものだが、実はそれだけじゃあない。どんどん減っていくが、最初に用意された壁は一人一面。基本的にはまったく同じ壁の傾斜と凹凸、ホールド、スローパーが用意されている。が、ほんの数ミリだけホールドが大きかったり小さかったり、或いはほんの少しホールドの向きが違ったりして、勝たせたい選手が登りやすいように細工されているのだとしたら?」
「そんなの選手たちはすぐに気付……あ」
「察したようだな。そう。気付かないのさ。この競技は二度と同じオブザベーションができないように、毎回壁のホールドのセットが変わる。つまり、他の選手が登った壁を改めて登ることは一生ないんだからな。些細な違いは視聴者にはわからないし、プロでもカメラ越しにはわからないだろう。もし仮に君がこのことを言ったとしても誰も信じないし、弱者の僻みにしか思われないだろうな」
「一見公平に見える、第二ステージ以降も、公平だと錯覚させるためのトリック……?」
「その通りだ。最初の一面は自分専用。だが二段目からは五面に減る性質上、自分で壁を選ぶことができる。しかし、わざわざ反対側に回るメリットなどない。基本的には自分の登っていくルートで一番近い壁を選ぶ。となれば、
「
「そこまで有利なのに、さらにAIで不正までするんですか」
「不正……ね。君はルールブックを見たことがあるか?」
「はい。一応目を通しています」
「ならそこにAIの使用を禁ずると一文でも書いてあったか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます