第34課題 二人の行方04
「おっ。ペア再始動か?」
「良かったなあ
「戻るもなにも、前の大会でミスしたのは僕なので、
「お? そうなのか? なんかコイツすげー焦ってたぞ?
みぞおちに
頬を染めて視線を逸らしているけれど、つまりそれは
なんだか嬉しくなってしまった。僕のことをそんなに思っていてくれたなんて。
「ちょ、なに泣いてんの!?」
「ごめ、嬉しくて、つい」
僕がそう言うと益々彼女の頬は赤くなった。
「それで、出るんだろ。ウォール・トゥ・クライム」
呼吸を整えた
「みんなお前らの出場待ちわびてんぞ。
「もち。今度こそ勝つよ。アタシ、スローパーもハリボテも練習する。アタシが登れる道が増えたら、
「どうやったらあんなに早くオブザベーションを完了できるんだろう。やっぱりデータを取っているとそれだけ早くできるものなのかな」
「ほう。
「そうなんですよ。でも、データのことを僕が知ったらすごく怒っていました」
「怒ってた?」
「ええ。他の人に告げ口をしたらただでは済まないって。それで僕は、データを取ることはダメなことじゃないですよねって言い返したんですけど、これ以上首を突っ込むなって怒られてしまったんです」
「そりゃ変だな。バレーやバスケットみたいに相手選手のデータが自分の勝敗を分けるような競技ならともかく、ボルダリングペアなら別に他の選手が知ったところであいつらが不利になるような話でもないだろうに」
「なんか隠し事してるときだそれ。アイツ、アタシが浮気疑ったときとかスゲー怒ってたもん。
隠し事……か。
自分のペアのデータを取ること。過去の対戦。ルート選択。どれもこれも隠す必要のないものに見える。全部自分たちのことなんだから。
けれど、データを悪用することを前提にしていたら……。
自分の中で一つの可能性がはじき出された。もちろんただの憶測だ。しかしこの憶測が、
いや、今は目の前のことに集中しよう。
「そう言えば、お願いがあんだけど」
「なに?」
「この間してくれたネイルをさ、足の指にも描いてほしいんだよね。登ってるときにこれ見えるとスゲー頑張れんだけど、見えないとこにもほしいなって。ほら、
それはとても光栄なことだ。
「よろしく」
前から描こうとするとまた無理があるので、僕は
「あ、ちょっと待って。ヤバいかも」
そう言ってサッと前に出て遠ざかってしまう。
「どうしたの?」
「いや、汗かいたなーって」
「大丈夫だよ」
僕は近付いて彼女の足を捕まえる。脹脛の横から爪に狙いを付けて描き始める。彼女が言う通り汗の匂いはしたけれど、悪臭なんかではない。
「やっぱ臭くない?」
「臭くないよ。強いて言うなら運動後の
「それヤバイ匂いじゃん!」
「ヤバくないよ。無臭ではないと言うだけだから。どっちかって言うといい匂いに分類されると思う。そうだな。
「あれはフツーにいい匂いじゃん」
「だよね。でも、よく考えたらいい匂いなわけがないんだよ。だって死体を焦がしている匂いなんだよ?」
「おー、確かにそーかも。じゃーなんであれあんないい匂いに思えるん?」
「それは、焼いたあとの肉のおいしさを知っているからだよ。多分焼き肉が嫌いな人が嗅いだら嫌な臭いになるんじゃないかな?」
僕は言いながらも描き進める。
「って納得しかけたけどやっぱおかしくね? アタシ食い物なの!? 食べる気!? って言うか食べたことあるの!?」
しれっと論点をずらしたのがバレてしまった。僕はそのまま否定も肯定もせず、「あともうちょっとだから我慢して」と言って続けた。
やっぱり
そのうえでとぼけてみたりして、彼女の反応を見るのは楽しい。それは僕がいつもされていること。多分彼女も、僕を見て楽しんでいるんだろうから、たまにはこうやってやり返すのもいいんじゃないかなと思う。それこそ、友達として。お互いにからかい合うことができるのは、尊い関係なんだと思う。
「できたよ」
そう言って顔を上げる。と同時に爆速で顔を下げてベンチに顔面を打ち付ける。
「おごっ!」
鼻が逝った音がした。
「ちょ、なにやってんの!?」
言えない。言えないよ。スカートの中のパッションオレンジが「こんにちは」していたなんて。
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