第30課題 月見杯03
「負けたの? アタシ」
「ごめん」
命に別状はないらしい。気絶をしたのも高所からの転落による精神的なショックによってなっただけで、頭の打ちどころが悪かったと言うことではないらしい。クライミングベストは正しく作動し、最新技術のクッションの上に落ちた。彼女は無傷だ。
けれどそれは身体的なことである。
敗北の二文字は彼女の内側を傷付けた。打倒
彼女はゆるゆると上体を起こし、こちらを向く。
「飛んでいいって言ったじゃん」
悔しさと怒りに満ちた声だった。胸が締め付けられる。
「ごめん」
「アンタが飛べるって言うから飛んだのに! ダメだった。信じてたのに」
「ごめん」
「アンタは登ってないからそうやってテキトー言えんだよ! こっちは疲れたりとかもするし、さっきまで行けてたところに行けなかったりもする! 銀ショーだとかケーマだとか、言ってっけど、アタシは駒じゃない! いつもおんなじ動きできるわけねーって!」
「ごめん」
「さっき、
ぐうの音も出ない。完全に僕の落ち度だ。せめて言い訳をしないくらいしか、僕にはできることがない。
「落ちるかもってなったとき、めちゃ怖かった。それも、わかんないんだろーね」
「ごめん」
視線を合わせられなかった。
握りしめられたシーツが解放され、そこに拳が振り下ろされる。
「さっきからなんなの!? ごめんごめんって、謝ってばっかり。なにか言いたいこととかないわけ? ペアでしょ? ダチでしょ!?」
「……ごめん」
それ以外に言葉がなかった。見つからないのではなくて、存在してはいけない気がしたから。
「あっそ」
彼女は禍々しい怒りを呼吸と共に吐き捨てて、ベッドから降りた。パイプ椅子に座った僕の隣を通り過ぎていく。
「アンタを信じたアタシがバカだったってことね。クラスの男子が言ってた通り、アンタは嘘吐きだったってわけだ」
スタスタと遠退いて行く足音を呼び止めることもできなくて、僕はどうしようもなく嘘吐きだった。
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