第二幕後半
第28課題 月見杯01——【紗々棋一葉5】
月見杯。
ここのところ連続で試合に出ているし、ウォール・トゥ・クライムへの挑戦権はすでに獲得しているのだから今回はスキップしようと言ったのだけれど、
と言うのも、この大会には
彼女はそれで良いのだろうけれど、僕はそれで良いのだろうか。もちろん大会に出ること自体はやぶさかではない。けれど、もしも
彼女は彼のことを、初めて好きになった男だと言っていた。それくらい他の元カレとは別格なのだ。前回のウォール・トゥ・クライムでの
と言うか、そもそも僕はただのペアだ。身を退くもなにもないじゃないか。
余計なことばかりを考えてしまって試合前だと言うのに全然集中できてない。アップをしている
僕は気分転換に散歩をすることにした。
しばらくあてどもなく歩いていると
特になにをするわけでもないし帰ろうとしたとき、テーブルにパソコンを置いてコーヒーを飲んでいる
そこには
こんなに多くの情報を取り扱っていただなんて。そりゃあ正確無比なオブザベーションができるだろう。
僕は自分を省みて恥じ入った。
ロッカールームから外に出た廊下のベンチに
「ありがと」
「これくらいしかできないからね」
「いつもベーションしてくれるじゃん」
先の
「
「え、あ、あー? そんなに真面目だったかなあアイツ。まあでもさ、
「うん」
試合が始まる前の最後のトイレ。その帰り道に聞きなれない声に呼び止められる。
「ちょっといいかな?」
振り返るとそこには
向こうから声をかけて来ることは想定外だったので思わず固まってしまった。彼は周りをきょろきょろと見回したあと、僕の手を強引に引いた。
彼に連れて行かれるままに歩いて、ロッカールームに入る。ほとんどの選手が着替え終わっているので、ここには誰もいなかった。さらに奥まった場所まで行くと彼の歩みが止まった。
振り返った彼の形相は真剣そのものだったけれど、その奥から怒りのようなものが滲んでいた。
「見たのかい? 私のデータを」
「なんの……」
「とぼけなくてもいい。さっき
「あっ」
隠すつもりはなかった。単純に、ピンと来なかった。彼が今醸し出している雰囲気と問いが合わなかったから。あれは彼の努力の結晶であるはずだ。誇っていいし、他の人に見られてまずいものではない。けれど今の
「すみません。見る気はなかったんです。ただ目に入ってきてしまって。でも、すごいなって話をしていただけなので」
「
「ええ」
「……他の誰かに告げ口をしたらただでは済まない」
きっぱりと言われてしまった。なにがそんなにいけないのだろうか。
「あの、ダメなことじゃないですよね。データを取るのって」
「そうか。君は知らないのか。まあ、知ったところで変わらない。君が言ったところで証拠はないからな」
「さっきからなんの話をしているんですか。だいたい、証拠もなにも、パソコンに全部入ってるじゃないですか」
「うるさい! とにかくこれ以上首を突っ込むんじゃあない」
いよいよ怒りを剥き出しにしてきた。
きっと、僕の目に映った情報以外に、なにか口外してはならないデータが入っていたのだろう。それを僕が見てしまったと勘違いしているのだ。だが見ていないと言う証拠は提示することはできない。僕は誰にも言わないと約束をしてその場をあとにした。
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