第27課題 クワガタカップ04

 一葉いちはを連れてロッカールームへ向かうとき、目の前にスラッとした手足の長いポニーテールの女が現れた。アタシより背が高いってことは175センチくらいありそう。


 鋭い一重が見下ろしてくる。


火登かとう選手かしら」

「あー、ってことは、九度雨くどう?」


 実体では初めましてだけど、普通はなんて挨拶するのかなこういうとき。さっき一応やり取りあったもんね。精神的な。

 そんなことを迷っていると向こうから頭を下げられた。


「お礼を言うわ。火登かとうさん」

「なんで?」


 イミフだった。アタシがいなかったら優勝だったのに。負け惜しみを言いに来たならわかるけど。


「私、自分が雨女だからって腐ってた。でも、そのおかげで雨の日に強くなって、雨の日の勝率がすごく高くなった。でも、自分が出る試合全部が雨とは限らない。雨の降らなかった日は普通に負けていたわ。だからある日から、天気予報を見るようになってしまった。降水確率が高い日を選ぶようになった。そして降水確率が0%のときは出ないようになった。光の当たる場所へ行きたかったのに、いつしか自分から光の当たらない場所を選んで戦うようになっていた。今日あなたに負けて気付いたわ。本当に強い人は、天気なんて関係ない。雨が降っていても、自分から日の当たる場所へ行ける人なんだって」


 そう言えば、アタシがマッチしたときに光が射して来てた。つまりあれ、九度雨くどうにも届いたってことかな。


「ウォール・トゥ・クライムでは雨とか関係なしに勝負だね」


 しかし九度雨くどうは首を横に振る。濡れたポニーテールが揺れる。


「私は大きな大会での優勝がなかったからウォール・トゥ・クライムには出場できないわ。試合を選び過ぎた罰ね」


 自嘲かと思ったけれど、そうじゃなかった。九度雨くどうはやわらかな顔つきをしていた。


「次は、晴れるといいわね。雨の日に勝ってきた私だからわかるけれど、勝っても衣服がびしょ濡れなのは嫌でしょ?」


 彼女は雨でピタピタになったノーションパンツの両サイドを摘まんで離した。パンッと乾いた音が鳴った。


「それな」


 なんだかんだ言って晴れた日に勝ちたい。九度雨くどう九度雨くどうでいろいろ苦労してたっぽいし、今度は晴れた日に勝ってほしい。アタシが居ないときに限るけど。



 □ □ □ □



 ロッカールームは男女兼用で、それぞれロッカーにカーテンが備え付けられている仕様だった。だからアタシと一葉いちはが同じロッカールームに入っても問題はない。問題はここから。


 ベンチ一つ分のスペースを360度覆うカーテンを閉めて、そこに一葉いちはを連れ込む。


「な、なになになに!?」


 明らかに動揺している。でもこっちも死活問題だし。


「パンツがピッタリ貼りついちゃって脱げないの。それに雨でいつもより疲れて、力が入らないからさ」


 アタシはロッカーからタオルを手にして腰をぐるりと覆った。それからベンチの上で横になってクライミングパンツのボタンを外した。


「脱がせて」


 アタシの言葉に固まる一葉いちは


「早く。べたべたで気持ち悪いし、このままだと風邪ひいちゃう。着替えて早く水分補給とかしたいんだけど」

「あ、ああ、ああそうだよね! うん今すぐやるね!」


 一葉いちはは顔を真っ赤にしながらアタシの腰の辺りに手を突っ込んで来た。クライミングパンツに手がかかる。あれ? なんかちょっと違——


「下ろすよ!」

「ちょっ、ま!!」


 ——ズルーッっと下ろされると、一気に股下がスース―し始めた。それは良い。多分濡れたボトムを脱いだらそうなるから。でも、それだけじゃなかった。もっと奥の方までスースーする。


「それで、着替えのボトムは?」


 一葉いちはは気付いてない。クライミングパンツと一緒にアタシのパンティも一緒に剥いでしまったことを。ライム色のパンティをガッチリ掴み、鼻息を荒くする男子高校生は、まごうことなき変態だった。

 アタシの表情になにかを察したのか、一葉いちはは目を丸くしたあと自分が掴んでいるものを見た。見てしまった。


「ぬうぉおおおおおおおおおおおお!?」



□ □ □ □


 

 ひと騒動あったけれど、一葉いちはが今度なにかしらたくさん奢ってくれると言うことで決着がついた。まっ、一葉いちはが悪いわけじゃないってのはわかってるんだけどね。

 それに一葉いちははすごくアタシを守ってくれるし、寧ろごめんねって感じ。でも、それじゃあ気が済まないっていう男気一葉いちはくんだったからお言葉に甘えるしかなかったじゃん? そう言うわけで帰りのファミレスでは一番豪華なデザートを頼もうと思う。


燈香ともかさんはどんどん強くなっていくね。雨の日とか関係なくさ」

一葉いちはのおかげだよ」


 雨上がりのアスファルトには水たまりが溜まっていて、青空を映し込んでいた。


「ウォール・トゥ・クライムの切符も手にしたし、これなら昇乃しょうのにも勝てる」


 一葉いちはは笑顔で頷いてくれた。ド素人がなに言ってんのとは言わない。それが一葉いちはの良いところだ。頭のいいやつって、アタシの考えをすぐに否定してくる。根拠がないとか言って。その根拠をこれから作るってだけの話なのにさ。ただ順番が違うだけで、答えは同じなのに。そう言うのを、一葉いちははわかってくれてるんだと思う。アタシが一葉いちはを信じているように、一葉いちはもアタシを信じてくれている。


「それにしてもこんなに秒で強くなっちゃって参っちゃうよね。こりゃ元カレもびっくりだわ。昇乃しょうのを振ってアタシと寄りを戻そうとして来たりしてね」


 ワッハッハッハッと爽快に笑った。


 とても心地のいい風が吹いた。夏にしては気が利いてるじゃん。

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