第26課題 クワガタカップ03——【火登燈香2】

『青のルートで行くよ。まずは右上に右手。右下に右足。そのままダイアゴナルで左上に左手』


 一葉いちはの指示で進んでいく。

 ダイアゴナルは対角線と言う意味だと一葉いちはが教えてくれた。

 体を横に振りながら登る登り方。左足をホールドにかけたら、対角線の力を利用して、右手でホールドを掴みにいく。右手右足の法則がベースになる。足をかけた勢いのまま、重心移動を行うことができるから縦方向にずんずん進める。


 一葉いちははドローンでアタシを誘導してくれるだけじゃなくて、アタシのスキルアップのために雑誌で調べた技術を全部教えてくれた。

 やさしいとかそう言う次元を通り越していると思う。助言神じょげんしんってゆーか神じゃね? って思う。


『基本は正対ムーブかダイアゴナルで行けるよ。ランジやサイファーは使わない。滑るからね』


 今も一葉いちははアタシを守ってくれている。触れなくても、言葉だけで安心させてくれる。前の大会でもそうだった。シゲピョンがマッスルクライムしてアタシが動揺したときに言葉だけで落ち着かせてくれた。

 一葉いちはの指示に従えば、絶対勝てるって思う。

 言葉だけでこんなに安心するなんて、多分初めてのことだと思う。いつもアタシは、触れていないとダメで、守ってくれる証明がないとダメだった。でも今は、ずっとそばに居てくれるみたいな感覚に包まれて、少しも不安に感じなかった。多分ちゃんとアタシのことを見てくれているからなんだと思う。全部見て、アタシのためを考えて言葉をくれるから。だから、なんでもできるような気がした。一葉いちはが言ってくれたら、届きそうにない場所にも跳び付けると思う。ギャルは無敵だけど、神の力が混ざってもっと無敵になれると思う。


 九度雨くどうは先に行ったけど、一葉いちはは急いでなんて言わない。このまま行けば追い付けて勝てるってことだと思う。親指の爪に描かれた銀将を見て、パワーを貰って手足を進めた。


 しばらく登り続けていくと、なんだかむわむわーっとした湿り気の強いエリアに突入した。


「霧?」

『あなた……いったいなに?』


 それは一葉いちはの声じゃなかった。

 濃霧の中から聞こえてくるようだった。壁の作り的に他の選手は見えないし声も聞こえないはずだけれどなんとなく九度雨くどうだと思った。


『この得体のしれないプレッシャーはあなたのものだったの』

『そーなん? 得体のしれない呼ばわりはムカつくけど、プレッシャーは出しちゃってたかもね。王者的な。あ、王じゃなくて銀か』


 一葉いちは銀将ぎんしょうってずっと言ってくれてたもんね。


『ここは私の領域よ! どうしてそんなに軽々と来られるのよ! 雨が降っているのよ? 雨の日は私たちが勝つ。これは決まりなの』

『どこ情報だよ、それ』


 思わず笑ってしまった。


『私たちはずっと日陰で戦って来た。太陽に嫌われた存在だから。あなたのように太陽の下でしか戦えない人間は太陽が出るそのときを待てばいいのよ』

『ヤーだよ。なんでそんなもんに従わなきゃいけないの。太陽とか雨とか関係なくない? アタシはアタシ。ギャルに天気とか関係ないから』


 濃霧を追い越していく。


『どうしてそんなスピードで登れるのよ。滑落するかもしれないのよ。なんで萎縮しないのよ。怖がらないのよ。どこからそんな勇気が出てくるのよ』

『勇気ってーか、平気? アタシは一葉いちはに守られてるからずーっと絶対ダイジョーブなの』


 言葉だけじゃなくて、クライミングパンツもシューズもくれた。アタシが生足だとケガするからって。これだけのやさしさに守られて、負けるわけなくない?


『てーかさー、アンタもアタシに色々指図すんじゃなくて、アンタはアンタで別に好きに勝てばいーじゃんね? 太陽が出てる日にもさー。なんか遠慮して負けてあげてたん?』

『いや、そんなことは。そもそも晴れてる日がなくて』

『え、マ? 令和ヤバッ。そんなこともあるんだね。さすがにかわいそうだわ。え、でも100%?』

『100%ではないわ』

『あ、なーんだ。なら別に、雨が降ってない日でも勝つって言いきりゃいーじゃん。なんで雨の日だけって決めつけてんの? それとも誰かに勝っちゃダメって言われたの?』

『えっ……。ダメ? 誰かに……? 誰……だろう……』


 それから九度雨くどうの声は聞こえなくなった。


 徐々に雨脚が弱まっていく。頂は近付いて行く。少し回り道をするルートだったけれど、安全に行けた。


 ゴールにマッチしたとき、

火登かとう選手マァアアッチッ!!』

 曇天が裂けて一条の光が手元を照らした。下を見下ろすともうあの霧はなくなっていた。途中で置いてきちゃったけど、この光、九度雨くどうにも届いてたらいいな。

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