第22課題 二人の休日02

 彼女の誘導のままに辿り着いたのは、ハンバーガー屋さんだった。


「混む前に来れて良かったねー。これも二人とも早く着いたおかげかなー」


 そう言いながらカウンターの方に向かっていく。


「え。え?」

「あれ? 嫌いだった?」


 彼女のキョトン顔に僕は首を振る。


「大好きだよ。って、そうじゃなくて、てっきりご飯とか他の友達と食べるのかなって」


 僕がそう言うと燈香ともかさんは笑い出す。


「なにそれ。11時に待ち合わせておいて、ご飯は他の人と食べまーすってどんだけ」


 きゃらきゃらと高い声が店内に響いた。


「あの、お客様」

「あ、すみませーん。注文はー」


 燈香ともかさんの注文に便乗して僕も一緒のものを頼んだ。

 お会計を出そうとすると彼女が手早くQRコードで決済を終えていた。

 席に着いてからお金を渡そうとしたが断られる。


「いーよ。この間マッサージしてくれたじゃん」

「ダメだよ。だってあれは寧ろご褒美みたいなものじゃないか」

「おじさんかよ」


 笑いながらツッコまれた。本当によく笑う人だ。

 届けられたハンバーガー越しに彼女を拝む。


「いただきます」


 ハンバーガーにかぶりついて目を見開いた。


 こんな美味いものなのか!


「すごく美味しい!」

「でしょー……ってあれ? ここ来たことないの? さっき大好きって言ってなかった?」

「それは燈香ともかさんが薦めてくれるものならなんでも大好きって話で」

「ぶふぉっ!」


 またウケている。なにか面白いことを言っただろうか。


 こんな風に燈香ともかさんとご飯を一緒に食べられるなんて——まさかガッツリデートの様相をていするとは思ってもみなかった。ちゃんとオシャレしてきて良かった。


「あれー? 火登かとうじゃん」

「おー。うっすー」


 同じクラスの男が燈香ともかさんに話しかけて来た。中学の頃に僕と同級生だった男だ。彼女は掌をひらひらと振って答えた。

 できれば彼女と居るところを見られたくなかったな。


「てかなんで紗々棋ささきといんの?」

「ほよ? 居ちゃダメなん?」


 燈香ともかさんは長いマツゲをパチパチさせて首を伸ばした。


「ダメじゃねえけどさ。ほら、紗々棋ささきって陰キャだし、嘘吐きじゃん? 一緒に居たら周りの奴に火登かとうまで誤解されるんじゃねーかって。オレなりのやさしさってやつ?」


 ニヤニヤと笑う男子。その後ろにいる取り巻きも同じようなニヤニヤ顔だ。僕は視線を逸らすしかなかった。


「……はぁ?」


 怒気を孕んだ声が目の前から放たれた。燈香ともかさんだ。


一葉いちはマジ神だし。オメエが知らねえからってテキトー言ってんなし」


 怒り散らすような語調ではなかったけれど、重く圧力のある声色だった。さらにはあからさまに不機嫌そうな表情で男子たちを睨んでいた。燈香ともかさん1人に対して男子3人が狼狽している。


「神? そんな芋っぽいやつが。今日だってスゲーダセェじゃん」

「はっ? このコーデしたのアタシなんですけど?」

「うぇっ……!?」


 男子が僕を傷付けようとするたび、燈香ともかさんから放たれる剣呑さは増していった。味方になってくれているとわかっている僕ですら圧倒されてしまう。


「とにかくそいつが嘘吐きなのは本当だ。裏切られ——」

「あー、はいはい。わかった、わかったから。どっか行けってウゼーなあ」


 しばらくして後ろの一人が「もう行こうぜ」と言って、すごすごと退散していった。


「なんか変な奴らに絡まれちゃったね」


 ガッカリしたような口調だ。


「あの、さっきの彼らが言っていた話なんだけど」

「あいつらの言うことなんて信じないよ。アタシは一葉いちはを信じてる」


 エメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐに刺さった。


「ありがとう。ごめんね。僕のために。もしも燈香ともかさんがクラスで浮いちゃったら、僕のことは無視していいからね」

「……それ、マジで言ってんの?」


 彼女は眉を困らせて僕を疑うような目で見ていた。怒りではなく、悲しみを纏って。


「だって、僕のせいで燈香ともかさんが傷付くのは嫌だから」

「それなー。さっきの待ち合わせのときのとおんなじだから。アタシだって一葉いちはが傷付くのはヤだよ。それにさ、アイツらの意見にアタシが合わせる理由ってなに? アイツらの方が正しいん? 偉いん? 違うでしょ。アイツらがアタシの意見に合わせるのが普通じゃん? それが世界の道理ってやつでしょ」

「……強いね」

「ギャルは最強なんだぜ」


 そう言って燈香ともかさんはまた笑った。

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