第21課題 二人の休日01——【紗々棋一葉4】

 燈香ともかさんを待つ、午前11時——の30分前。


 人でごった返した週末の駅のホームを抜けて、改札を通る。人の波の中から抜け出して、犬の銅像の前に辿り着く。ここが彼女指定の待ち合わせ場所だった。

 今日の僕はこの前燈香ともかさんに見立ててもらった服をそのまま着て来ている。まさに「このマネキンが着ている服全部ください」状態である。


 燈香ともかさんがギャルな格好なので、自分もそう言う感じのファッションにされてしまうのかと思いきや、僕の顔立ちに似合う服装を選んでくれた。下はダッドスニーカーにゆとりのある半端丈のスラックス。上は紺色シャツにベージュのローゲージニットのジャケットだ。ニットと言っても温かいものではない。燈香ともかさんはサマーニットとか言っていた。やわらかい雰囲気になって僕の顔に似合うのだそうだ。また、肩が落ちているタイプで、上下ともにゆとりがある。オーバーサイズと言うやつらしく、これもまた僕の雰囲気に合わせて考えてくれた組み合わせだ。僕はこのコーディネートがとても気に入っている。自分でも似合っていると思えた。だからいつもより少し堂々とできる気がした。


 周りにも誰かを待つ人が数人いた。待ち合わせを果たして人混みに溶けていくカップル。みんなデートか。いいな。僕も好きな人とデートをしてみたい。できることならこのまま燈香ともかさんと。でも今日はあくまでも業務的な買い物だ。今後のボルダリングに必要なアイテムを買いに行くだけ。待ち合わせもお昼ご飯前だし、きっとちゃちゃっと済ませて他の友達とご飯を食べに行くのだろうと思う。燈香ともかさんは友達も多いし、きっと忙しい。彼女のためとはいえ、僕のお節介で買い物に付き合わせることになったのだ。迷惑にならないように素早く買い物を済ませなくてはならない。そう思って事前にネットショッピングで調査をしておいた。シキブスポーツはいろんなスポーツ用品を取り扱っているが、この駅の近くにある大型店舗は特にクライミングに関するアイテムが豊富に揃っている。スマフォで店舗の場所の再チェックをして、視線を上げた。


 すると人混みの中からしなやかに揺れる銀色がこちらに向かって来た。燈香ともかさんだ。モデル並みの高身長にハイヒール。それに加えて頭の左右で結ばれたボリュームのあるツインテールが、道行く人たちより頭一つ分高い位置にあり、目印になっていた。


「お待たせっ! てーかまた負けたー」

「なにに?」

「集合時間タンドリーチキンレース」

「競うものじゃないよ。早く来ようとしてくれるのはありがたいけれど、待たれていたら申し訳ないし」

「それな。一葉いちはも同じじゃん?」


 言われてみればそうだ。でも休日を持て余している僕が待つのと、忙しい燈香ともかさんが待つのでは全然違う。天秤にかけることさえおこがましいと思う。


「じゃ、行こっか」

「もう行く店決まってるの?」

「うん。任せてよ」


 せっかく調べて来たのにと言う気持ちはあったけれど、そもそも燈香ともかさんの買い物なのだから彼女の行きたいお店に行くのがいいだろう。それに、僕はこの辺に来ることはあまりないけれど、燈香ともかさんは慣れてそうだ。僕の知らない店も知っていることだろう。そこでほしいものが手に入らなかったら僕が探していた店に行けばいい。


 先を行く燈香ともかさんの背中を追う。あのときみたいに、腕を組んでくれたりはしないんだろうな、きっと。

 不意に彼女が振り返る。


「そー言えば」


 内心が聞こえてしまったのかと思って心臓が跳ねた。


「今日、アタシが選んだコーデで来てくれたんだ。めちゃ嬉しい。ありがと」


 快活な笑みに上手に僕は笑顔を返せない。そうなのだ。これはデートではないと言い聞かせながらも、僕は彼女の選んだ服を着て来ている。浅ましくも、この一瞬をデートとしてカウントしようとしているのだ。それを見破られてしまったような気がして怯んでいると、手が差し伸べられた。


「はぐれんじゃねーぞ」


 ニッと今度は蠱惑こわく的に。桃色のリップがプルっと弾けた。

 僕はバクバクする心臓を押さえられないままに彼女の手を握った。やわらかく、そして湿っている。でもいたるところにマメができていて、部分的に固かった。都会的でギャルな彼女の、努力家で泥臭い部分を僕だけが知っている。さっきは上手に作れなかったはずの笑顔が、自動生成された。きっととてもだらしない顔になっていたと思う。


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