第20課題 鷹戯・紺瞳ペア03

『おおおっと! ここで出して来たヒナノルート!!』


 ひなちゃんの身長は誰よりも低い。ボルダリングで身長が低い、手足が短いと言うのはとてつもないハンデになる。正規ルートは平均身長を満たしている人に向けて作られている。だから、ひなちゃんには身長的に辿り着くことが不可能と言う場面もしばしば出て来る。それを克服するために、ひなちゃんの軽い体を利用する。本来は足をかけることが困難なスローパーやハリボテ、壁のわずかな起伏を利用して、非正規ルートを作り出して登っていく。それがヒナノルート。


「次は右手で持っているホールドに右足を引っかけて左上のスローパーに向かって飛んで。左側に少しだけ壁が飛び出しているからそこでバランスを取れるよ。あとはそのままダイアゴナルで順当に登れる」

『わかった!』


 元気のいい声。

 ドローンに向かって笑顔を見せてくれた。余裕だ。


 誰にでも出せる指示ではない。当たり前だ。引っ掛かりの少ないスローパーに向かってのサイファーなんて、普通そんな指示はできない。そしてそれは、彼女の体重と跳躍力を熟知しているだけでは無理だ。加えて、壁とホールドの些細な起伏を完全に読み込めてないといけない。でもそれがわたしにはできる。正面を向いているから。FPVゴーグルに送られて来るカメラの映像は常に目の前。なら、眼振がんしんにはならない。であれば、ダーツの狙いを定めるときのような感覚で、壁の起伏を見抜くことができる。わたしの角度で戦えるのなら、絶対に負けない。ダーツで優勝したときと同じだ。“蒼き雫ダブルブルー”は伊達じゃない。


 ひなちゃんはわたしの指示に飛び乗って、ふわりふわりと登っていく。彼女からは質量を感じられない。まるで羽でも生えているかのように——いや、ひなちゃんの背中からは確実に白い羽が生えていた。わたしには見えた。


璃々りりちゃんのおかげで、ないはずの道を行けるようになった。あたし、多分今誰よりも楽に登れてると思う。まるで羽が生えているみたいに。ありがとう』

「それはひなちゃんの力だよ。わたしの方こそいつもありがとう。今日も勝とう」

『うん!』


 ひなちゃんは体を横に振りながら登って行く。お母さんに買ってもらったクライミングシューズ——スポルティバ・スクワマ-10Sテンエスを元気に振りかざして。靴の上面にも靴底のようなラバーが張られた全面フリクションタイプのこの靴は、ハリボテやスローパーを攻略するのに一役買っている。彼女はどこまでも自分の体を知り尽くし、そのうえで『だからこそ』のクライミングをしていた。


 ゴールはもう近い。他の選手は遥か下の方にいるだろう。わたしが指示を送る必要はない。

 FPVゴーグルの前方部分を跳ね上げ、壁を見上げる。

 遥か先、頂上のホールドを掴んでこちらに視線を送る彼女が見えた。


鷹戯たかぎ選手マァァアアッチ!! 彼女に重力と言う概念は存在しないのか! 他を寄せ付けぬ圧倒的スピードで登り詰めました! しかも、なんとなんとなんと! 本大会、アジサイカップの新記録です! おめでとうございます! 鷹戯たかぎ紺瞳こんどうペアに大きな拍手を!」


 ひなちゃんが笑った。その後ろにちょうど太陽が重なって、ひなちゃんなのか太陽なのかわからなくなった。けれど多分、そんなのどっちでも同じだった。

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