第17課題 アジサイカップ05

「ねー、マッサージしてー」


 燈香ともかさんが広場のベンチの上に俯せに寝転びながら言った。短パンからスッと伸びた足がプラプラしている。

 正直マッサージはしてあげたい。頑張った彼女を労いたい。だが、生足を揉むと言うのは、なんと言うかこう、破廉恥なことをしているような気がしてしまう。もちろんそんな気持ちでいることがいけないのはわかっているのだけれど。


「ねー」


 お待たせしてしまっている。プラプラプラプラと足の動きが激しくなっていた。

 変なことを考えるな自分。これは、マッサージなのだ。

 僕は意を決してベンチに腰を下ろして彼女の脛を太腿に乗せて脹脛に手を掛けた。


「ん……」


 ぴくっと彼女の体が震えた。少し強かっただろうか。僕は一度指を離してから、もう一度ゆっくりと親指を押し込んだ。すると彼女の脹脛から強張りが抜けていき、指はやわらかくなった肉を掻き分けるように深く入って行った。


「気持ちぃ。気持ちいよぅ」


 彼女のいつもより高い声が聞こえた。


「もっと、もっと激しくしてぇ」


 甘やかな彼女の声色に、僕は答えるように指をもっともっと激しく、奥に届くようにと揉み込んだ。


「いいよぅ。一葉いちはぁあ!」

「ねえ燈香ともかさんわざとやってない?」


 そう言うと燈香ともかさんは顔をこちらに向けた。すごくニマニマしている。


「んー? なんのことー? マッサージが気持ちいいってだけだけどー?」


 絶対にわざとだ。わざとだけど、でもまあ、いいや。なんかこう、別に僕は損をしているわけではないし、マッサージが痛いとかそう言うのではないのだから。なんだったらちょっと得と言うか。いや、得と言うのはそう言う意味じゃなくて! ……僕は誰に言い訳をしているのだろう。

 マッサージをしていると脹脛と脛の中間辺りに傷があるのを見つけた。


「この擦り傷、さっきのクライムでできたのかな」

「え? そうなん? 気付かなかった」


 彼女は登りやすいからと短パンを着用していたけれど、生足だとこういう傷の危険性がある。燈香ともかさんの綺麗な足に、このまま傷が増えていくのは堪えられない。


「今度クライミングパンツ買いに行かない? 戦闘服をアップデートしよう」

「カッコよ。でもさ、なんかあれダサくない?」

「機能重視だからね。でもきっとカッコイイのとかかわいいのがあるよ」

「あるかなー?」

「あぁるあーるだよきっと。とにかくこのままだとケガが増えていくだろうし、予防はしないと。燈香ともかさんの脚、せっかく綺麗なんだから大切にしてあげてよ」


 細くしなやかで長い脚。肌も、毛穴も見えないくらいきめ細かい。こんなの、誰でも持っているものじゃあない。


「わかったよ」


 そう言う彼女の頬はほのかに赤みを帯びているように見えた。ん? もしかして恥ずかしがってる? 燈香ともかさんが?

 なんだかそれはとても意外なことだと思った。いつもちょっかいをかけられてばかりだから、彼女がそんな風になるなんて思いもよらなかった。仕返しってわけじゃあないけれど、彼女のかわいい反応をもっと見たいと言う欲求が沸き上がって来る。彼女はどんな言葉を言われたら恥ずかしがるのだろう。あまり言い過ぎると逆にこっちが恥ずかしくなるから——


『ワァアアアッ!』


 少し離れたところで歓声が上がった。先ほどまで僕たちが勝負をしていた壁だ。そこでは次のグループの戦いが始まろうとしていた。ウォール・トゥ・クライムに出場するためのポイントを獲得できる部門。つまり、僕たちよりもレベルの高い人たちの戦いだ。


「見に行かない?」


 僕がそう言うと彼女は飛び起きた。ぴょんぴょんと跳ねて歩いて行く。

 実況がなにやら喋っている。


『そして、なんと言っても優勝候補は鷹戯たかぎ紺瞳こんどうペア! 今大会でも炸裂するかヒナノルート! 楽しみに見守りましょう!』


 聞いたことがある名前だった。知り合いではないけれど、どこかで。


 考えていくと一つの記憶に辿り着く。確かそのペアの名前は、ホールドストーンにあったボルダリングの雑誌に載っていたはずだ。クライマーの鷹戯たかぎひなのさんは、後天性の病気のせいで体の発育が止まっている。高校一年生だが、見た目は小学校高学年くらい。そんな彼女がボルダリングと言うステージを選んだ理由が、雑誌の見出しになっていた。


『あたしは体格に恵まれている。勝ってそれを証明したい』

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