第15課題 アジサイカップ03
「ねえ、ストレッチ手伝ってよ」
そう言うなり
「うぉおっ!」
「危ないよ!」
「えへへ」
僕が真剣に注意しても悪びれる様子もない。
「ダイジョーブ。ケガしないように注意してるから。でも驚かせたならごめん。
ヒッヒッヒと笑った。僕は言われて自分の顔に手を当てた。ほのかに熱を持っていることがわかった。
「からかってる意識はあるんだね」
「嬉しいくせにぃ」
そう言って僕の胸をツンと突いた。その爪は短く切られていたが、所々に筋が入っていて、先も欠けていた。ヤスリで仕上げてはいるのだろうけれど、どうしてもデコボコになってしまうようだ。毎日の練習の痕が、爪の先から伺えた。
「ネイル、した方が良いんじゃない?」
「え? アタシ遊びでやってるわけじゃあないんだけど」
「そうじゃなくて、爪の保護のために。なんだっけ、マニキュアって言うんだっけ」
「あー」
「おすそ分け」
手の甲を掴んだかと思うと僕の爪にもマニキュアを塗ってくれた。普通に考えたら絶対要らないおすそ分けだけれど、
「でもやっぱ、中途半端だなー。ここまで来たらガッツリやりたくなっちゃう」
「それは我慢して」
爪にストーンなんて付けたら邪魔になるだろうし、万が一脱落させたらルール違反になりかねない。安全面を考慮して、アクセサリー類を付けることは禁止されているのだ。
「ピョンピョンだ!」
振り返るとそこにはタンクトップ姿の
「よう二人とも。調子はどうだ?」
「バッチ!
「え、僕も? ああ、まあでも悪くはないからそうだね」
「はっはっは。息ピッタリじゃねえか」
「シゲゲのピョンピョンはアタシの応援に来てくれたの? ありがとー!」
「いや違う。てーかなんだそのシゲゲのピョンピョンって」
その問いに
「じゃあなにしにここまで……まさか浮気!? アタシと言うものがありながら!?」
「誤解を招くからやめろ!」
「ごめんなさいパパ」
「わざとやってんだろテメー!」
二人で騒いでいると、周りからひそひそと声が聞こえた。視線が痛い。
「シゲシゲが大声出すからー。それで? 本当はなにしに来たの?」
彼女の言葉に、吊り上がっていた眉尻が落ちる。いろいろ諦めたようだ。
それから肘を上げ、拳を掲げる。力こぶを作り、そこをもう片方の手で叩く。
「パワー!」
声を出したのは
「変なアテレコやめろ!」
「ん? カッチカチやぞ! だった?」
「違う……って言うかお前何歳だよ。いつのネタだと思ってるんだそれ」
「知らなーい。なんか最近ショート動画で見たんだよね。昭和を代表するネタだって」
「そこまでは遡らんし代表もしてない」
「フェイクニュースだったかー。恐るべし情報化社会」
二人の会話を聞いていると試合が終わってしまいそうだ。
「それで
「あ、ああ、そうだった。オレも登りに来たんだよ。今日のオレはライバルだぜ」
力こぶを作った手の指先がボルダリングの壁を指していた。
「ま?」
「マジだ」
「えーっと、ピョンピョンって女の子だったっけ?」
「オレは男だ。ボルダリングペアに性別は関係ねえんだよ。確かに男は筋力があるかもしれねえが、その分体は重くなる。それに女は男にはねえ柔軟性を持ってる。柔道や空手みたいに体重差や筋力差がそのまま勝敗に直結するような対人が基本になる競技ならともかく、身体の総合的な能力を問われるボルダリングはその限りじゃあねえってことだ。第一、おめえさんとペア組んでる
言われてみればそうだ。この競技、クライマーやオブザーバーに性別の決まりはなかった。今まで見て来たクライマーが女性だったものだから、なんとなく女性がクライマーをやる競技だと思っていた。
「ペアの人は?」
「姪っ子の
「あー、見たことある。ホムホムって言うんだ。よろしくね」
「ホムホムではなく
「
とても礼儀正しいいい子だった。
「
僕の問いに彼女はフルフルと首を振った。そして首からぶら下げていた双眼鏡を掲げる。
「これで見ます」
……え?
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