第11課題 ドローン02
目の前のシグナルが赤く点灯し、二回の点灯を繰り返したのち、緑色に変わった。
――ポーン。
音が鳴ると同時にプロポのレバーを左右同時に前に倒す。離陸しながら前へ出た。
コースは一機ごとに用意されており、二機のドローンが重なることはない。接触などの懸念がないため、純粋なスピード勝負となる。
このコースにはいくつものリングが配置されており、ドローンでそれを潜り抜けてセンサーを反応させていかなければいけない。中には動くものもある。当たればドローンは墜落することになる。狭いリングを通る都合上、ドローンについているセンサーはバランスセンサー以外のすべてをオフにしている。なので壁や地面があっても突き進む。ドローンの性能によって勝手に避けてくれることはない。
練習用に作られたこのコースのリングは大会で使われるものより一回り小さい。ゆえに、大会よりも精度の高い操作が求められる。それに加え、扇風機が要所に取り付けられていて飛行を妨害したり、紙風船がその上を舞っていたりする。アスレチックの名を冠するだけあると言うことだ。
右へ左へ動くリングをくぐり、上昇し、旋回。ここからは来た道を帰ることになる。旋回した瞬間に視界の隅に
『この勝負。もらった』
『過去形にしないでよ。僕はまだ負けてない』
操縦席のマイクに向かって言葉を返した。
行きでリングの挙動は把握している。帰りのコースのラインが見える。リングの動きとドローンのスピードを計算して、最短ルートを選択。扇風機の首の振りも問題ない。風は当たらない――が。
このままでは勝てない。
思考を改める。切り捨てた悪手の中に最短を超える道はないか。ワープのような亜空間を行く航法は。コックピットを開け放って立ち上がり、手繰り寄せる。空に散って漂うたくさんの糸を。ゴールへと続く無数の、色とりどりの、或いは無色透明の。縮れた、或いは真っ直ぐな。太い、或いは細い。短い、或いは長い。張りつめた、或いは撓んだ……すべての糸を引っ張り確かめる。怪しい糸があった。紺色の縮れた糸の下敷きになったオレンジ色の真っ直ぐで細い糸。それは悪手の糸の中に絡まって見えなかった糸だ。絡まってコブ縛りになった糸をほぐしていく。間に合うか。爪がコブの核を捉えて摘まみ、コブがほどける。オレンジの糸が解放されてピンッと張った。これだ。この糸、このルートが正しさを超えた先にある真実。
本来は上昇しながら次のリングを目指すのが最適解。それが一番安全だ。が、ここは敢えてそのまま突っ切る。扇風機の風を避けるのではなくその上に――乗る!
下からの風が機体を押し上げる。障害物となるはずの風に突っ込む悪手。障害を推進力として利用した奇手。これが最適解を超えた亜空間ルート。
機体はそのまま一度もリングに接触することなくゴールを通り抜けた。
——ポーンッ。
軽快な電子音が鳴った。ゴールの合図だ。
「やったぁあ!」
「勝ったんだ……」
遅まきに勝利を実感。FPVゴーグルを付けた状態でドローン操縦をすると隣のコースの様子があまりわからないから、ゴールした瞬間は勝ったことがわからない。飛び終えたことへの達成感くらいしかなかった。
ドローンを着陸させると
「このコースはこの間俺が出場した試合のコースを模してさらに難易度を上げたものだ。俺は1秒差で負けて全国まではいけなかった。お前が叩き出した今のレコードは、そのときの俺より1秒早い」
「ええ!? すっご!
僕が驚くよりも大袈裟に
「だから
そうか。勝負を持ち掛けた理由はそこにあったんだ。
僕は首肯し、友のやさしさを覚悟に変えた。
「
「いいや。俺はそこまでお人好しではない」
「でも、ドローンの貸し出しを許す代わりに僕を強制的に大会に出場させるとかもできたじゃあないか。わざわざ勝負なんて。
「二足の
彼は僕の言葉を遮って、そして続ける。
「ウォール・トゥ・クライムとドローンの大会が被っていたのを忘れたのか?」
「そう言えばそうだったね」
だから
「正直、いつも本気に成れないお前が本気に成れるならボルダリングペアに行くことはやぶさかではなかった。だがそれはつまり、お前とこうして部活動をする時間もなくなってしまうと言うことだ。自分の大事なものが盗られてしまうのが嫌だった。だからせめて、納得のいく形で抗いたかったんだ」
大事なものと言われて胸がきゅっと締め付けられた。そんな風に考えてくれていたのに、僕はこれまで本気でドローンを飛ばしたことがなかったのだ。持病の発作が起きるのが怖くて。
彼がどれだけの覚悟を持って手放したのかわからない。僕にはそれに見合うだけの価値が……いや、その価値をこれから付けに行くんだ。
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