第09課題 二人の始まり03

 いやーラッキーラッキー。まさかドローン部の部長が同級生の藍人あいとだとは。その上今度のボルダリングペアの大会——ウォール・トゥ・クライムのチケットを持っていて、さらに本人が行けないから譲ってくれるとは。アタシ、すごく持ってるわ。因果応報だわ。


 そんなこんなで一葉いちはと大会を見に行って、ペアにならないか誘った。アタシの印象、なぜかバチクソいいみたいだし、絶対になってくれるだろうなって思ったんだけど。


「ごめん。すぐには決められないよ」


 なんで!? いや、あの流れは絶対に行けたはずだったのに。いったい一葉いちはの中でなにが気に入らなかったんだろう。とか考えても始まらないから、「とりまアタシが登ってるところ見てから決めてくんない?」と強引に誘った。

 そうして、今ピョンピョンジムに二人してきたわけで。


「おお。ペア候補か。賢そうな顔しているな。きっと上手く行く」


 ピョンピョンがどちゃくそ適当なこと言って来たけど、でもアタシもそれくらいのことしか言えないから否定もできない。


「一回登ってみるね」


 アタシは一度クリアした7級の課題をやって見せた。ドヤッ!


「すごいね。降りたり登ったりを軽々と。なんだかまるで銀将ぎんしょうみたい」

「銀ショー? なにそれ。いい部屋発見すんの?」

「平成かっ!」


 ピョンピョンがツッコんだ。ママが時々口ずさんでた歌は、平成のCMらしかった。


「将棋の駒だよ。真後ろと真横以外はどこにでも進むことができるすごい駒」

「へー。アタシすごいんだ。そんで一葉いちはは将棋が得意なんだ。将棋って頭が良い人がやるんでしょ? なら、きっとオブザーバーも向いてるよね。アタシの目に狂いはなかったってことだよね」


 一葉いちはは困ったように笑っている。まだ悩んでいるみたいだった。


「今アタシがやったのが7級で、挑戦してるのが6級の10番。あの水色のホールドの奴」


 一葉いちはにはここに来るまでの間にボルダリングの基礎は教えておいた。同じ色と番号のホールドしか使ってはいけないことや、手も足も制限されていること。

 今度はクリアしたことがない課題。まずは行けるところまで行ってみる。


「こっからどうすればいいと思う?」


 壁から振り向いて人一人分下にいる一葉いちはに聞いた。


「右隣の大きな半球体は使えないの? そこを行けば簡単そうだけど」

「スローパーはつるつるしてヤなのー」

「お前なあ」


 ピョンピョンが呆れた声を出した。

 その横で一葉いちはは真剣な顔をしていた。


「やっぱスローパー使わないとダメなのかなあ。力技でなんとかできるくないって思ったけど、なんともならない?」

「いや、なんとかしてみよう」


 唇にくの字に曲げた人差し指を押し当てて、沈黙。目を細めて、頭をフル回転させているように見える。いつものナヨナヨした雰囲気とは全然違う、戦士みたいな表情だった。アタシは自分が壁に居ることも忘れて一葉いちはの表情に見惚れてしまっていた。


「一回左上のホールドを左手で掴めない? ……燈香ともかさん?」


 一瞬遅れで左上を見る。あぶね。普通に落ちるところだった。


「掴める……かなぁ」

「不安かな。ちょっと遠いもんね。けど、飛びつく感じで行けないかな」

「サイファーか」

「なにそれ」

「飛びつきの技名だ。飛びつきって言やぁランジだが、斜め横を狙うような形のはサイファーって言うんだ。こう、足を振り込みたいに使ってな。初心者が簡単にやれるもんじゃないが、確かにその方法ならいけなくもない……か?」

「普通の人なら行けなさそうですよね。でも燈香ともかさんは手足が長いので行けるのではないかと思いました。どうかな、燈香ともかさん」

一葉いちはがせっかく考えてくれたんだし、ちょっとやってみようかな」

「ありがとう。飛びつけたら真下のホールドに左足を乗せて。右足がぶらつくと思うけど、それをどこのホールドにも乗せないで振り子みたいに使って勢いを付けて、今度は右上のホールドを掴んで、その下にあるホールドに足を乗せてみて」

 言われた状態を頭の中で想像。アタシは左斜め上に飛びつくために、大きく手を伸ばして右側に振って、飛んだ。


 ——ガッ。


「ヨシッ!」


 ピョンピョンの声。


 衝撃が指先から肘に抜けて腕全体がもげそうになる。だけどなんとか飛び移れた。

 一葉いちはに言われた通り左足は真下のホールドに。右足は振り子のように振って、勢いを殺さずに反対側に、飛ぶ。


 グンッと体が振られたけれど、なんとかしがみつけた。


「おお! すげえじゃねえか!」


 言われてホールドを見るとGと書かれていた。ゴールだ。


 すごい。え。あんなに無理ゲーくさかったのに、言われた通りにやったら出来た。

 嬉しくて急いで降りる。一葉いちはの近くまで走って行ってハイタッチ。そのまま指を折って一葉いちはの掌をガッチリ掴んだ。


「ヤバイよ一葉いちは! マジ助言神じょげんしん!」

「じょ、助言神じょげんしん?」

「うん。なんでアタシが行けるってわかったの?」

燈香ともかさんのこと見ていたら、桂馬けいまに見えたんだ」

「ケーマ?」

「将棋で、斜め前に進む駒のことだよ。燈香ともかさんは銀将ぎんしょうの動きが得意だけれど、ゴールから逆算するとそれだけではダメだった。手足が長くて背の高い燈香ともかさんなら、桂馬けいまの動きができるかもしれないと思ったんだ」

「なんだかよくわかんないけど、アタシのポテンシャルを見抜いてたってことだよね。やっぱり一葉いちははアタシと組んでボルダリングペアに出場するしかないよ」

「今の一回で決めていいものなのかな。それに僕、多分足を引っ張るよ」

「なにを根拠にそんなこと言ってんの! 今だってピョンピョンの言う通りにしてたら一生クリアできなかった課題だったんだよ。あのボーボーマッチョ、マジ役立たず」

「なんでオレのせいになってんだ。あとボーボーマッチョってなんだ!」


 横でピョンピョンが声を荒げた。目の前の一葉いちはは頬を赤らめて俯いた。そんな風にされたって、この手はOKが出るまで離すつもりはないんだから。指をより深く絡ませる。一葉いちははますます俯く。


燈香ともかさんはさ。どうしてそんなに僕とペアを組みたいの?」

「ドローン飛ばせる友達が他にいな――いや一葉いちはがガチクソイケメンだから」

「嘘を吐かなくてもいいよ。気持ちだけは受け取っておくね」


 さすがに無理があったか。でも一葉いちははそこまでイケメンじゃないかもだけど、それなりに整った顔ではあるよな……あれ? 結構イケメンかも。


「それで、ペアを組んだとして、そのあとはなにか目標があるの?」

「勝ちたいんだ、とにかく。負けっぱなしは嫌だから」


 昇乃しょうのに恨みがあるわけじゃあないけど、女として負けたってのをそのままにしておくことはできない。ギャルとして。


燈香ともかさんの思いはわかったよ。でも、いずれにせよ僕の一存では無理なんだ。ドローンはドローン部のものだし、ドローンの大会に出ないくせに、ボルダリングペアにだけ出るって言うのがいいことには思えないし」

「あ、じゃああのクール眼鏡を説得すればいいんだ」

「まあ、端的に言えば」

「だったらアタシに任せなさーい」

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