第08課題 二人の始まり02

 筋肉痛がマジでヤバかったけど、アタシはまたホールドストーンに来ていた。


 なかなか握力が戻らなかったし、腕の外側がすごく怠かった。これじゃあ試合に出る前に体が壊れる。だから今度はペースを落としてやることにした。

 こまめに休憩を取る。ボルダリングジムは天井が高くて換気はすごいできてるけど、逆に冷房は全然効いてないから。熱中症には気を付けないとね。


 壁から離れたあちこちには休憩スペースがあって、その近くには本棚があった。ボルダリングの本なんて読んだことないな。

 本と言えばマンガだし、最近はだいたいスマフォで済んじゃうから、雑誌を手に取って読むと言うのが新鮮だった。

 ボルダリングの上達の方法が書いてあるのかと思ったら、選手の名前やクライミングシューズやスポーツウェアの宣伝ばかり載っていた。


昇乃しょうの……佳奈美かなみ


 見たくもない名前だった。雑誌の一面、昇乃しょうのが登ってるところを上から撮った迫力があるものだった。悔しいけどカッコイイ。それに次のページでインタビューに答えている昇乃しょうのはめちゃくちゃかわいい。スラッとしていて、座っている姿勢も大人っぽくて……アタシなんかと全然違う。


昇乃しょうの選手推しなのか?」

「誰があんな女推すかぁ!」


 思わず雑誌の昇乃しょうのに掌を打ち付けてしまった。スチールのテーブルがガコッガコッと揺れる。

 ピョンピョンはびっくりした表情で一歩後ろにさがった。それから短く息を吐いて腕を組む。


「真剣に見てたからよ。なんか……寧ろムカついてるみてえだな」


 図星だ。けど、別にクライマーとしてムカついているわけじゃない。女としてムカついているだけだ。


「アタシは、コイツに勝つから」

「なーるほど。ライバルか。なら、推してたらダメだわな。オレも応援するぜ。正直オレも昇乃しょうの八馬堕やまだペアは好きじゃねえんだわ」

「そなの? なんで?」

「面白くねえんだよな。ルート選びとか、そつなさ過ぎるってーのか」

「じゃあピョンピョンの推しは?」

「そうだな。オレは強い奴より、面白い登り方するやつとかの方が好きだからな。例えば」


 そう言ってページを捲る。


鷹戯たかぎ紺瞳こんどうペア」


 そこには鷹戯たかぎひなのと言う小学生みたいな体型の女の子と、紺瞳こんどう璃々りりと言う前髪ぱっつんのロングヘアの女の子がいた。二人とも高校一年生。アタシと同い年だ。


「こいつらは面白いぞ。この鷹戯たかぎって子は自分の軽い体重を活かして、掴みにくいスローパーやハリボテなんかをひょいひょい登って行くし、壁なんかも利用して有り得ないルートで上を目指すんだ。ヒナノルートって言われてる」

「へえ。あ、てーか、壁使って良いんだ」

「ああ。まあ普通は足をぶらぶらさせねえために使うんだがな。登るために使うやつなんて見たことねえ。そんな軽業師みたいなクライマーの特性をオブザーバーが熟知しているってのが痺れるね。二人の信頼関係は一線を画すぜ。あとは」


 さらにページを捲る。


九度雨くどう水機みずきペア」


 ツルっとした長い黒髪を後ろで一本に結んだ眼光の鋭い高身長女子が九度雨くどうあやで、茶色の緩いウェーブがふんわりとした印象を与えるクソデカ巨乳女子が水機みずき里見さとみと言うらしい。


「……デカ過ぎんだろ」

「どこに注目してんだよ。この二人は普段特に目立った戦い方をしないんだが、悪天候にめっぽう強いんだよな。そういう、普段とは違う状況でも結果を出せる選手ってのは本当に強い選手なんだと思うぜ。個人的にはこの二人が一番推せるな」


 ただ壁を登るだけって言ってもそれぞれに個性があるみたい。


「アタシはどんな感じのクライマーになるんだろ」

「お前の場合はまず普通に登れてないだろーが。練習しろ」


 言われるままに席を立って壁に向かう。

 このジムは10級から1級まであって、7級までは足が自由に使えるけれど、6級からは足も色指定だ。これがめちゃしんどい。

 オブザベーションをしても、想像の中のアタシの手足が異様に長かったり短かったりして、思ってたんと違う動きしかできない。完璧なオブザベーションは無理。なので諦めてある程度までオブザベーションしたら登るしかない。結局途中でどこに足を置けばいいのかわからずに迷っている間に握力がなくなってきて落ちてしまう。


「きちんとオブザベーションしろ。あとスローパーも使え」

「ヤダ。だって掴みにくいんだもん」

「そう言うもんなんだよ」


 頭を掻きながら言った。

 結局6級の中でも比較的簡単そうなやつをやってみたけどダメダメだった。力技でなんとかなると思ってたのに。


「そう言えば、燈香ともかはただのボルダリングじゃなくてボルダリングペアをやりたいんだよな。相手は居るのか?」

「え。ピョンピョンやってくんないの?」

「なんでオレが……。それにオレはクライマーだ。オブザーバーは務まらん」

「でも今オブザーバーみたいなことしてくれてんじゃん」

「5メートル以内ならできるが、10メートルを超えて来るとそれは無理だ。肉眼じゃあホールドの位置関係をしっかり把握できないからな」

「じゃあどうすんの?」

「今はドローンで撮影してオブザベーションするのが主流だな。もちろん他に方法があれば望遠鏡でもなんでもいいんだが、ドローンを飛ばして近距離で壁を見た方がやりやすい。実際ほとんどのオブザーバーがドローンを使ってる」


 ほうほうドローンか。そう言えばうちの高校、ドローン部があったような……。

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