第06課題 二人の出会い06

 会場は塔のようなクライミングウォールを中心にすり鉢状に観客席がせり上がっている。まるですり鉢の中に棒を一本刺したような形だ。僕らがいる位置はちょうどそのすり鉢の中段くらいで、地上から約30メートルの場所になるらしい。一番外側は高さも上がって約50メートルとなる。最初は選手たちを見下ろすような形でスタートする。その選手たちが壁を登っていくと今度は観客たちが見上げるような形になる。塔の高さは150メートルなので天辺に至るころには表情どころか体の動きもわからない。しかしそんな選手たちの動きを見るために撮影用のドローンが数台飛び回っている。そこで撮られた映像は、リアルタイムで会場のビッグスクリーンに映し出される。チケットを獲れなかった人も場外のビッグスクリーンで楽しめるらしい。

 しかし撮影用ドローンは基本的に安全柵の外側しか飛ばない。ペアのドローンの空域に入っては競技の邪魔になるからだ。


 予選は5ブロックに分かれて、それぞれのブロックの1位の選手が決勝戦へ進むことができる。昇乃しょうの選手はシード枠で、6ペアによる戦いが行われる。


「アタシもあんまわからないから、わかるところだけ説明してくね」


 そう言えば今日はボルダリングペアの競技の理解のために来たんだった。


「えっと。まずボルダリングペアは二人で分かれんの。登る役のクライマーと、考える役のオブザーバー」


 眼下に見えるのがちょうど昇乃しょうの八馬堕やまだペアだった。昇乃しょうの選手がクライマーで八馬堕やまだ選手がオブザーバー。


「で、ボルダリングってのは、壁にホールドってのが突き出してて、掴んだり乗ったりして上を目指すんだけど、なにを掴んでもいいわけじゃないんだよね。色があるでしょ?」


 この位置からだと小さいが、赤・青・緑の三種類の色が見て取れた。


「最初にどの色を使って登るか決めて、それからスタートすんの。大会のルールにもよるけど、厳しいところだと別の色を掴んだだけで失格ってのもあるんだってさ。基本的にはどの色も登れるようになってるし難易度もだいたい同じらしいんだけど、登る人によっては無理ゲーってのもあるからさ、どれ選んでもいいってわけじゃないんだよね」


 そこをオブザーバーが選択するってことか。数メートルならいいけれど、これだけ距離があると簡単には決められなさそうだ。


 元々オリンピックなどで行われているボルダリングは、色別に進むなどはしない。決められたルートをどうやって攻略するかと言うのが見所になる。つまりクライマーの技量だけが勝負の命運を分ける。しかしこのボルダリングペアは、どうやって登るのが最善かを考えるオブザーバーの力もかなり大きく関わってきそうだ。


「そんでー、あのゴーグルとかリモコンについてる画面でドローンの映像を見ながら、ヘッドセットでクライマーに指示を出すんだって。次は右足を左上とか。クライマーもマイク内蔵の小型イヤホンを付けてるんだよね」


 燈香ともかさんから説明を受けるうち、試合がスタートする流れになっていた。


『さあ、ついに半期に一度の日本最強を決める戦いが始まります!』


 スピーカー越しに実況の熱のこもった声が響き渡る。


 ——ポァーン!


『ウォール・トゥ・クライム! ファイナルラウンド! 開幕です!』


 機械のスタート音と共にまずはドローンが駆けだした。それぞれの壁を撮影しながら、上空に登っていく。ほとんどのドローンが壁を入念に見ている中、一機のドローンが爆速で駆け上がって行った。本当に、ただ撮っているだけのスピードだ。150メートル上空まで上昇しきると、一気に下降。同時に、昇乃しょうの選手が走り出し、壁に手を掛けた。


『なぁあーんと言う速さ! さすが八馬堕やまだ選手! 凄まじいスピードのオブザベーションだ!これにはスーパーコンピューター富岳ふがくも腰を抜かすことでしょう!』


 昇乃しょうの選手は次々に手足を動かしてまるで上下なんてないように登っていく。それはまるで、将棋の盤上を進むように。彼女は金将きんしょうのような動きだなと思った。香車きょうしゃ桂馬けいまのように一気に飛んでいくことはできないけれど、代わりに上下左右斜め上どこへでも行ける金。歩兵ふひょう桂馬けいま香車きょうしゃも結局最後は『って』目指す動き。

 すべての人が辿り着く形に、彼女はもう『って』いるのだと感じた。

 八馬堕やまだ選手が的確に指示を出せるのも、その指示に応えられる力を昇乃しょうの選手が持っているからなのだろうと思った。


 そんなことを考えていたら、昇乃しょうの選手が天辺まで辿り着いていた。他の選手と20メートル以上の差を付けて。


「「すっご」」


 二人して思わず言葉を落としていた。

 そうしてお互いに見合って、落ちた言葉は拾わずにいた。


「アタシは、昇乃しょうのに勝ちたい。勝たなきゃいけない」

「どう、やって?」


 燈香ともかさんは右手を差し出してきた。僕は、爪を短くした彼女の掌をしばらく見つめていた。ついこの間までただのギャルだった女子高生が、自慢の爪を切った。多分、彼女なりの覚悟があって。

 僕は差し出された手を握った。すると両手でがっちりホールドされた。


「アタシとペア組まない?」


 顔を上げると、彼女は銀色に燃えていた。

 それが僕たち、火登かとう紗々棋ささきペアの始まりだった。

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