第03課題 二人の出会い03

 ゴールデンウィークに入る前の部活終わりに藍人あいとがチケットを持って来てくれた。二枚のチケットが手渡される。


「取れたぞ」

「わー! 本当に取れたんだね。やっぱり御曹司の名は伊達じゃないね」

「俺が言う分にはボケになるが、お前が言うとなんだか卑屈な妬みに聞こえるな」

「え、ごめ」


 まさかウケ狙いでボケていたとは。事実過ぎてツッコめなかった。


「まあ冗談は置いておいて」

「それも冗談だったの!?」


 いつもクールで真面目だから冗談やボケがわかりづらい。


「これでウォール・トゥ・クライムを見に行けるな」

「うん! ありがとうね」

「現地でいろいろ教えてやろう……と思ったんだが」


 歯切れの悪い藍人あいとの後ろからにゅっと銀色が伸びる。


「やっほ! 当日はよろしくね、一葉いちは!」


 ……は?


 ――んんっ!?


 思考が停止した。


 なんでドローン部の部室に燈香ともかさんが来ているのかわからないし、よろしくねって言うのがなにに掛かっているのかわからない。


「どういう……?」

「俺が出場するドローンの大会が、ウォール・トゥ・クライムとガッツリ被っていたことを忘れていた。チケットは貰ってしまったし、紗々棋ささきを一人で行かせるのも忍びない。と思っていたらちょうど火登かとうが行きたいと言っていたのでな」

「な、な……!?」


 突然過ぎる。心の準備ができてない。


「えー、いっちー嫌そう。ヤなの?」

「い、いやいやいやいやいや!」

「え、マジでヤなの? なんかごめん」

「ちが、いやいやいやいや嫌じゃないです!」


 僕の必死の否定に燈香ともかさんはキョトンとしてから腹を抱える。


「あっはっは! 変なの。マジ草、超えて高天原たかまがはら

火登かとう高天原たかまがはらがどんなところかわかって言っているのか?」

「んーん。原って書いてあるからクソデカ原っぱだと思って言っただけ」


 藍人あいとは意に介さず「そうか」とだけ呟き眼鏡のブリッジを押さえて整える。


「そういうわけで、ボルダリングペアのルール等は火登かとうから教わると良い。最近始めたばかりらしいが、お前よりは知っているだろう」


 理由はわかったけれど、そんな、二人でなんて。


 そりゃあいつか燈香ともかさんと二人で遊んでみたいななんて思いがなかったわけではないし僕から誘う勇気もないからこんな渡りに船みたいなシチュエーション願ったり叶ったりなわけだけれどもしかしそれでもいきなり二人っきりと言うのはあまりにもハードルが高過ぎるわけでとても自分一人の力で飛び越えられるようには思えない!


「なんだ?」


 僕の心中を悟ったのか、藍人あいとが首を傾げた。


「う、いや、だってこれじゃまるでデートじゃないか」

「ほほう」


 藍人あいとは口の端を吊り上げた。しまった。完全に墓穴を掘った。掘れそうな場所なんてなかったのになんて器用なんだ僕は!


「え、なに一葉いちはアタシとデートするの嫌なの!?」

「え!?」

「無理寄りの無理なの!?」

「ええ!?」

「あ、見て見て、ぴえん超えてパオンの顔」


 そのパオンの顔と言うのを藍人あいとに見せた。彼は「わかったわかった」と軽く流す。さっきはすごくショックを受けたような声を出していたけれど、冗談なのかな?


 今度は僕に向き直る。


 ぐっ、じょ、冗談とは思えないほど切ない顔をしているじゃないか。普段は強気に吊られているまなじりが悲しげにタレて眉尻もへたり込んでいる。これは放っておけない。よく流せたな、藍人あいと


「嫌なの?」

「嫌じゃないよ! 全然全然嫌じゃない! むしろ燈香ともかさんのことずっと気になっていたから渡りに船って言うか願ったり叶ったりって言うかってなに言ってんだ僕はぁああああ!! え? ……はぁあ!?」


 頭を抱えて膝から崩れ落ちたが、上からは笑い声が落ちて来る。


一葉いちはってホント面白いよね。感受性ユタカくんかよ」


 今後二度と出て来ないユタカくんを登場させて、屈託なく笑ってくれた。また助けられた。彼女はどうしてここまで、僕の下心に鈍感でいられるんだろう。それとも僕なんか元々男の領域に入れて貰えてないから下心も易々とかわせるのだろうか。


「すまんな火登かとう紗々棋ささきは童貞だから女の子と二人でどこかに行くイコールデート、イコール付き合っていると思ってしまうようだ。でも根はいい奴なので安心してほしい。決して火登かとうの了承なく襲ったりはしない」

「了承したら襲ってくるの?」

「いや、多分襲わない」

「だよねー。まっ、一葉いちはがいい奴なのは知ってるよ。童貞なのも」

「なんで童貞なのもわかるの!?」

「ギャルの直感? こちとら経験豊富ですから?」

「け、経験ほぅ――」


 言いかけて思わず喉を鳴らしてしまった。ニマニマとした笑顔を向けられる。うう……恥ずかしい。


「かく言う俺も童貞なので人のことは言えないが」


 さらりと頼んでもいないフォローが入った。斜め上過ぎて逆に困る。もしかしてこれもボケなのか? いつものポーカーフェイスでまったくわからない。


「え!? マジで? そんなにカッコイイのに? でも、モテてる実感あるっしょ?」

「さあな。なんにせよ女は面倒だ。扱いづらい」

「うわなにコイツ、ヤッバっ! みんなSDGsえすでぃーじーずでぶっ叩く時代に『女は面倒』とか言っちゃうんだ。ヤバー」


 多分LGBTエルジービーティとフェミニズムとポリコレ棒がゴチャになってそのうえでいろいろ化学反応が起きているのだと思うのだけれど、藍人あいとは眉間に寄った皺を指で押さえながら「そうだな」と流した。スルースキルがレベル100を超えている。頼もしい限りである。


 僕が燈香ともかさんに気があると言うことや童貞であると言うことが無駄にバレたと言う問題と言うか惨劇はあったものの、二人でボルダリングペアの観戦に行くことになったのは素直に嬉しかった。

 しかし一つだけ気掛かりなことがある。


「大会、見に行けなくてごめん」


 藍人あいとが出場する大会の日程を忘れていた。その上、日程が被っているのだから応援に行けないことが確定している。同じ部員として、また友達として申し訳ない。

 藍人あいとは背を向けて帰るところだったが、こちらに顔だけ向けて手をひらひらと振った。気にするなと言うことだろう。うん、これはモテる。童貞と言うのは嘘だろう。

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