第02課題 二人の出会い02

「ん? ああ、火登かとうの話をしているのか?」


 追憶の彼方まで飛んでいった思考が一気に呼び戻された。ドローンを操縦する僕の隣で同じくドローンを操縦している藍人あいとの言葉だった。

 人心地着いた部活中、ドローンを飛ばしながら物思いにふけっていただけだ。それなのにどうして藍人あいとは急に燈香ともかさんの話をし始めたのだろうか。


「え? 突然どうしたの?」

「いや、お前さっき『ボルダリングかぁ』って言っていただろう」

「言ってた!?」

「ああ。ぼーっとしているなと思ったが、火登かとうのことをずっと考えていたわけだな」


 眼鏡の奥の切れ長の双眸がさらに細められた。まなじりは緩やかに持ち上がり、僕の反応を見て楽しんでいるようでもある。悔しいが、否定の言葉が見つけられない。


「他事を考えるのは良いが、ぶつけて壊すなよ?」

「わかってるよ」


 このドローンは僕のものではない。ドローン部のものだ。本格的な機体なので、お値段はそこそこする。高校生がスッと出せる金額ではない。


「……で? 火登かとうとしたいのか。ボルダリング」

「いや、僕運動は苦手だから」

「そうじゃないだろう。ボルダリングペアの相手になりたいって話じゃないのか?」

「ボルダリングペア?」


 いずれにせよ二人で登るってことなら僕の運動音痴が炸裂してしまう。


「壁を登るクライマーと、ドローンなどで突起の位置を確かめて経路を決めて指示を出すオブザーバーに分かれておこなう競技だ。結構有名だぞ。まさかドローン部員でありながら知らないとはな」


 中分けの髪をかき上げてため息を吐いた。

 僕は勉強だけでなく、スポーツや芸能など、みんなが知っている娯楽にも疎い。彼が呆れるのも無理はない。


「なにも知らないのでは口で説明してもわからないだろうな。見た方が早いだろう。日本一を決める大会——ウォール・トゥ・クライムが5月のゴールデンウィークにおこなわれるから、一緒に見に行こう」

「楽しそうだね。あ、でも、そう言うのってチケットがいるんじゃない? もう売り切れてそう」

飛呂瀬ひろせコーポレーションの御曹司の力を、舐めてくれるなよ……なんてな」


 そう言って口元を緩めた。


 冗談めかしているが藍人あいとは本当に社長の息子である。零細企業だと飛呂瀬ひろせ父子共に言っているけれど、しかしそれでも一つの会社を立ち上げると言うだけあって藍人あいとのお父さんは相当頭がいいのだと思う。この黒飛川くろひかわ高校にドローン部ができたのも飛呂瀬ひろせ社長のおかげである。設備やドローンに掛かる資金は、飛呂瀬ひろせコーポレーションが募金と言う形で出資した。ドローンのドの字もなかった高校の裏庭の一角に300平米もの大きさのドローン飛行場を作ったのだ。

 ドローン部の主な取り組みとしてはドローン飛行技術を競う大会に出場して優勝を目指すこと。またそれ以外にも、そこで培われた技術を生かして運動会や文化祭と言った学校行事を空撮したり、生徒会と協力して学校のpR動画を作成したりするなどと言った、学校への貢献なども積極的におこなっている。

 飛呂瀬ひろせ社長の思惑として、外注すれば莫大な費用が掛かる空撮や動画作成も内製できることを証明し、周りの学校に知らしめ、一校に一ドローン部が常識の社会にすることで、ドローン人口を増やし、ドローン事業の拡大を図っている。そのための投資が、息子の通う高校にドローン部を設立することだった。


「父さんに頼んでみる。二枚くらいなら持っているだろう」

「良いの?」

「その代わりちゃんとボルダリングペアを覚えてくれよ。ドローンの価値を高めてくれている競技なのだからな」


 あの親にしてこの子あり。頭の良さとドローンへの愛は社長譲りと言うことらしい。

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