4
――キィン
青い火花と、短い金属音。
――キキキキキキキィン
連続して、一つの音に聞こえる。
その連続する刹那の音と光は、真っ暗な路地裏の一点に集約されて絶え間なく光り、鳴り続けている。そして、その集約点の中心から、絞るような声が聞こえた。
「ぬぅぅ、早いな」
マツオである。
「くっ、全部受け流しておいてよく言うぜ」
そしてこの声は、ダークエルフのヴァルド。
そんなヴァルドは、今まさに、路地の中央に立ち尽くしたままその散弾銃のような攻撃を受け流し続けるマツオに対して、更にギアを上げて息をもつかさぬ飽和攻撃を仕掛けてようとしている真っ最中なのだ、が。
なんだこのヒューマン、どうしてそんな事ができる。
そう、ヴァルドは、一見、圧倒的に攻めながらも、マツオの卓越した技量にソクソクと募る恐怖を感じ続けているのだ。
「なぜ刃こぼれ一つしない」
「バカを言うな、刃こぼれなぞ
「ちっムカつく」
一方マツオはといえば、ムカつかれてもな、と、心中で呑気に呟くほどに、当たり前の所作としてすべての攻撃を受け流し続けている。
というのも、その受け流しの技術は、マツオの言葉通りまさに童子であった幼少の
刃こぼれとは、受け流せずにまともに受けたときにできるもの。
おなじく、木の棒で河原の小石をまともに受け続ければ、木の棒はいつかは折れ、尖った
それこそが、何度も肉を裂き骨を砕いて、生の淵に迷い死の淵に惑い、父を鬼と憎んでたどり着いた受け流しの極致。
そして、その修業でたどり着いた極致は、更にもう一つ。
「ふむ、では、拙者も攻めようかの」
「なに」
この間断なく繰り返される神速の攻撃を涼しい顔で受け流し、さらにはそれに対して反撃を加えてやろうとマツオは言うのだ。そしてその方法こそが、河原での修行で得たもう一つの極致に至る技量。
「まだ死ぬでないぞ」
「は?」
マツオはヴァルドの声を耳の端で聞きつつ、今まで忙しなくヴァルドの連続攻撃ひらりひらりとさばき続けていた刀を、フッと取り落とすように肘を伸ばして地面へと押し下げた。
上半身がら空き、それは明らかなる隙。
しかし、ヴァルドは冷静にこれに対処する。
「そんなあからさまな誘いに乗るか、馬鹿」
と、いくらなんでもそこにまともに打ち込むことは出来ないよ、とばかりに、ヴァルドはマツオのヘソ下のあたりに向かって突進しつつ突き込んできたのだから、恐れ入る。
の、だが、次の瞬間。
「なっなんだ?!」
ヴァルドは驚愕のあまり声を上げた。
というのも、マツオの身体が、まるで熱に溶ける鉄棒のごとく、ぐにゃりと崩れて落ちたのだ。
しかも、さらに次の瞬間。
「お、おい!」
マツオの身体はヴェルドの下段への攻撃を、その更に下、地面より指一本ほどもないくらいの場所でくるりと反転して躱し、突き込んできたヴァルドの腹に向かって刀を突き上げたではないか。
そう、それは、超低空からの対空迎撃。
「させるか!」
あまりに不可思議な動きと予想外の攻撃に、ヴァルドは一瞬焦りを覚えたものの、とっさに同じく身体をくるりと反転させ、マツオの超低空からの突き上げを紙一重で躱した。
ヴァルドもやはり、流石である。
「ぬぅ、やりおる」
「こ、この、化け物が」
「はっ、それはそれは、褒め言葉であるな」
「……そうだよ、畜生」
言いながら、再び互いの間合いの際で向かい合ったふたり。
口元には、同じく笑みが浮かんでいた。
「楽しい、まこと、愉快であるよな」
「ったく、呑気なヒューマンだぜ……ま、楽しいけどな」
「であろう」
「ああ、てか今のなんだよ」
「あ、あれであるか、あれは立流体技、
「……いや、わかるわけ無いだろ、それじゃ」
ヴァルドの言い分はもっともだ。
ただ、だからといって命のやり取りの最中に自分の技の真髄を話す人間がいるはずもない。なので、その内容をぼかしたマツオの答えは正しい。
と、誰しもが思うだろう、が。
「ふむ、立流とは曽祖父が開祖である拙者の剣術流派、そして朽折とは身体操作につながる技の名で、簡単に言えば、身体中の生気を抜いて頭の重みのみで地に落ちるといった技なのよ。そして同じくして、親指の付け根にのみ力を残しておいてな、そこで全身くまなくを操るといったそういう技であるよ」
間断なく投げつけられる石礫。
それを交わすためにマツオがたどり着いたのは、恐怖を捨て、自我を捨て、石礫を食らうことすら気に留めず、ただ脱力の極致を極め、最も安全圏である地面すれすれの低空を自在に動くというものであったのだ。
それこそが『立流体技・朽折』なので、ある。
「ふむ、これで、よいかな」
こうして、マツオは、しれっとその秘伝のすべてを答えた。
「おまえ、馬鹿なのか?」
あまりのことに、震えるほど驚愕するヴァルド。
しかし、ヴァルドが驚いたのは、マツオが自らの業を事細かに喋ってしまったことにでは、ない。
それよりも、なによりも。
「身体が崩れ落ちるほどの脱力?!」
不可能だ。ヴァルドは即座にそう思った。
これは、二足で歩く哺乳類であるならば誰しもがわかる常識そのものであるが、身体から完全に力を抜ききって頭の重みで頭蓋を自由落下させるなど生きている実感が一ミリでもあれば、絶対に不可能なはずだ。
言うまでもなく、脳というものは、命の危機が迫ったとき、その原因となる行動に対して必ず無意識にブレーキをかけてしまう。
なにも難しいことはない、それは生存本能。
生き物として当たり前のこと。
だからもし、眼の前の男が、それを自力で超えていけるというのであれば、超えてしまっているのだとしたら。
「は、やはり化け物だったな」
剣の勝負で、ヴァルドはマツオには敵わない。
「照れるわい」
「ちっ、すまない、ヒューマン」
「なんであるか」
マツオがそう尋ねると、ヴァルドは申し訳無さを漂わせることなく、むしろ爽やかに宣言した。
「魔法を使うぞ!」
「はっはっは、いっそ潔いわ」
「ったく話の分かる猿だぜ」
言うが早いか、ヴァルドは両手のひらに魔力を集中させはじめた。
「恨みっこなしだぜ、命のやり取りだ」
「そんなこと、先刻承知であるわ」
「そうか、こんな場所で会わなければ、友としたかったものを」
ヴァルドは、惜しげにマツオを見つめて小さく呟いた。
「ボルタル」
言い切るが早いか、ヴァルドの身体を金色の閃光が包み電流がその身にまとわりつく。
「アンテ」
そして、その光はマツオに向かって迫った、のだが。
――ビィン!
その光は、マツオの鼻先で霧散した。
そして、そこには、三重に重ねられた美しい魔法陣が浮かんでいた。
「な、何だそれは!」
「へっへぇ、こっちだよ」
自分の声に答えた正体不明の女の声。
ヴァルドはすばやく声のした方を見る、そしてそこに、美しい一人のエルフの少女を見つけた。
言うまでもない、リリーだ。
「な、援軍がいたのか! 卑怯な」
「馬鹿を言え、
兵は詭道成。
つまり戦いとは、騙し合いの中にこそ、その真実があるという意味だ。
「そうだけども、伏兵はないぜ」
「たわけが、剣士を魔法使いが後方から守護するはこの世界の常套だと聞いておるぞ」
「この世界、って、まさかお前異世界人か!」
「いかにも」
「くっ、何だそもそも存在が卑怯じゃないか……って、おいおい」
文句を垂れ流しながら、リリーを見ていたヴァルドが突然驚愕の声を上げた。それどころか、マツオとの斬り合いの最中でさえ見せなかった焦りと恐怖の色が、額の脂汗とともに浮かんでくる。
「き、きさま、聖域のハイエルフ!!」
「きさま?」
「あ、ああ、いえ、あなた様です!」
このやり取りに、マツオがつまらなそうに呟く。
「またそれであるか。こうなると、皆降参するか逃げ出すので好かぬわ」
そう、いつもそうなのだ。
ただ、降る者や逃げ出す者の気持ちもわかる。というのも、聖域のハイエルフとはほとんど神に近い存在。他種族でも恐れ入る存在であると言うのに、黒白の違いはあれどエルフ族の一員としては、もはやそれはドラゴンに爪楊枝で戦いを挑むようなもの。
「うるさい、勝てるわけないんだよ」
「だから、拙者と戦っておるのだろうが」
「聖域のハイエルフの従者と戦えんわ」
「誰が従者であるか失敬な!!」
顔を赤面させて怒鳴るマツオ。
とその時、森の中からひとりのダークエルフが現れた。
「聖域のエルフだとは思ってたけど、リリー、いやリリー様はハイエルフ様だったんですか……」
そう、あの、ダークエルフだ。
「だとしたら、もう兄を殺してくださいなど言えません。本当に申し訳ありませんでした、ここからは私がひとりでやります」
ダークエルフの言葉に、その場が凍りつく。
いや、違う、ダークエルフの言葉に反応したマツオから放たれれた今日一の殺気で、その場が凍りついているのだ。
「貴様、一度焚き付けておきながら拙者の獲物を奪うと言うか」
「ひっ!」
「死にたいか、女」
「で、でも、その、聖域のハイエルフ様の従者様にそんな」
ブチッ。
「そうか、五分刻みに切り刻んで森の肥やしにするとしよう」
「ひぃぃぃ!」
「うるさい!」
怒声とともに、マツオが動いた。
そして、そのまま、マツオの愛刀は迷いなく。
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁ!」
ダークエルフの女の。
「あ、あ、あ、ああああああああ!」
右腕を切り飛ばしたのであった。
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