第16話『……見事。まさか私に気づいていたとは』

勇者ルークは魔王が、闇の魔王エースブが現れてからずっと考えていた。


恐怖とは何かと。


そして、その答えをつい先日ようやく理解した。


恐怖とは希望へと繋がる道の途中にあるものであり、勇気の裏側にあるものなのだと。


「……希望を目指して恐怖を乗り越えてきた僕達だったけど、結局その恐怖も勇気も全て奴らの食料だったという訳だ。勝てない訳だな。僕達の在り方を変えなくては、魔王は滅ぼせない。結局闇の魔王も精霊になったと偽装していただけだったしね」


「あー。すまん。ルーク。俺はイマイチ理解出来てないんだが、つまりはどういう事なんだ? 希望? 恐怖?」


「そうだね。レオン。例えば君の前に大きな崖があるとする。君は当然空が飛べない訳だし、向こう側に渡る事は出来ないよね?」


「そうだな」


「うん。でもそこで例えばだ、崖の向こうに行けるつり橋があるとする。ただし、このつり橋は見るからにオンボロで壊れてしまいそうだ。でも崖の向こうではアディが魔物に襲われている。さぁ、君はどうする」


「んなモン! 迷うまでもねぇだろ! 渡るぜ俺は! 確かにつり橋は落ちるかもしれねぇが、アディを見捨てる事は出来ねぇ!」


「そう。それが恐怖と勇気なんだよ。レオン。人は恐怖を乗り越えた先に希望があるからこそ、勇気を振り絞る事が出来る。だからこそ奴らは僕達にとびっきりの希望を見せるのさ。乗り越えられる程度の絶望と一緒にね。そしてその恐怖こそが奴らの食事って訳さ」


「……」


「レオンも見ただろう? ディズルムという魔王の力を。あれが魔王だ。そしてあの強大すぎて恐怖すら抱けなかった力を消し去ったのが魔王の中の魔王。闇の魔王エースブだ。今のままでは決して勝てない。力が違い過ぎるんだ」


「ルークさん」


「オリヴィア。かつて君は言ったね。信仰により永遠に存在する神や精霊の話を。僕はあの時、その話を理解しきれていなかったけど、今ならよく分かるよ。奴は、エースブは戦いながら、僕らの勇気に隠された恐怖を喰らっていたんだ。だからどれだけ攻撃しようと勝てなかった。そして!! 僕らの希望が折れそうになった瞬間、奴は敗北した。折れてしまえば、希望を失ってしまえば、僕らは恐怖すらしなくなるから!! 全ては魔王の手の中さ!!」


怒りのままにルークはテーブルを拳で殴りつけた。


しかし、オリヴィアもソフィアもレオンもそれを咎める事は出来ない。


何故なら彼女たちも似たような気持ちだからだ。


「おそらく闇の精霊になったと言ったのも、私たちを油断させ、希望を見せる為だったのでしょうね。魔王は無力化する事が出来ると、信じ込ませる為に」


「私やオリヴィアにやってたのも、同じって事だね。魔王だなんだって言いながらも、わざと負けて、苦しんでいるフリをして、自分たちは大丈夫なんだって思わせてたって事か。まったくさ。世界最高の魔術師が恥ずかしいよ。こんなに長い間ずっと騙されてたなんてさ」


「それを言うなら僕も同じさ。勇者だなんて滑稽だよ。奴らにとっては餌として上等という意味でしか無かったという事なんだろうしね」


「……だが、真相が分かれば、攻め方も変わる、そうだろ?」


「……レオン」


「そして変わらないモノもある、それは俺たちがこの世界で誰よりも勇気ある存在だって事だ。ルークは勇気が奴らの餌だって言ったが、俺はそうは思わん。勇気は勇気だ。確かに勇気の裏側には恐怖があるのかもしれねぇが、その恐怖を乗り越えて、百倍の勇気で世界を照らしてきたのが俺たちだぜ。俺たちの旅は何も間違えちゃいない」


レオンは自らの右手を強く握りしめて、自分の胸を叩いた。


そして快活に笑う。


魔王たちの笑みとは違い、人を安心させ、勇気づける笑みだ。


この笑顔に自分たちは何度も救われてきたのだと、ルークたちは微笑んだ。


「レオンさんの言う通りですね。それに、幸か不幸か。私たちは既に一つの関門を超えています」


「関門?」


「はい。ソフィアさん。思い出してください。私たちはエースブさんを闇の精霊へと変えようとした際に何をしましたか?」


「何をって……あぁ、そうか! 魔王なんて怖くない! って奴!?」


「そうです。魔王は、魔王たちは光の聖女アメリア様にお会いしたくて暴れていただけの方々。大した存在ではありません。私たち人間が恐怖する様な恐ろしい存在では無いのです! これまでも、これからも!! だからこそ、私たちでそれを本当にしてしまいましょう。どれだけ魔王が強大であろうとも、私たちは勇気を燃やし、最期の瞬間まで戦うのです」


オリヴィアの言葉に、レオンも、ソフィアも、そしてルークも口元に笑みを作る。


今日まで心のどこかで引っ掛かっていた恐怖が消え、その代わりにありったけの勇気が芽生え、力となる。


「あーあ。でも残念だなぁー」


「何がだ? ソフィア」


「ほらさ。折角これからも私の最強伝説が続いていくはずだったのに、最期の敵がこんな雑魚だっただなんて。伝説が輝かないなって」


「そうだね。僕らの戦いは歴史に残らないだろうし、残させない。それが魔王を永遠に封印する方法だからだ。でも、確かにそれはソフィアにとって」


「あー! もう!! 冗談よ! 冗談!! そんなくだらない事で逃げ出す訳無いじゃない。例え、ここで終わるとしても、誰の記憶にも記録にも残らないとしても、私はルークと一緒に戦うよ。最期まで!」


「ありがとう。ソフィア!」


「任せなさい!」


「俺も一緒だぜ。ルーク」


「私も共に戦います」


「ありがとう。レオン。ありがとう。オリヴィア!」


ルークは喜びの声を上げながらソファーから立ち上がった。


そして、剣を抜いて壁の一か所を睨みつける。


「では、始めようか!!」


「っ!」


ルークは床を蹴ると、壁に向かって斬りかかり、そのまま壁を蹴って少し離れた場所へと移動した。


瞬間、オリヴィアの光の魔術とソフィアの火と風の複合魔術が壁に突き刺さり、直後レオンの大剣が壁を切り裂いた。


「……見事。まさか私に気づいていたとは」


「前に似たような事をされた物でね。今回はよく注意していたんだよ」


「なるほど。ノルンの間抜けが原因か」


「一応消える前に名前くらいは聞こうか?」


「ふ、ふふ。お優しい事だ。勇者ルーク。では遠慮なく名乗らせて貰おう! 私は虚実の魔王! ライ。エースブ様より頂いたこの名、無駄にはせぬ!!」


ライは壁に擬態していた体を解除して、人間の青年と変わらぬ姿になると、右手をルークたちに向けた。


そして人差し指を立てそれを横に振る。


「勇者ルークよ。私は虚実の魔王。その姿は……っ! なに!?」


「もうお前たちの話には乗らない事にしたんだ。聞けば迷いそうだからな」


「なるほど。流石はエースブ様を破った御方だ」


ライはオリヴィアが放った光の魔術により全身をその場に縛り付けられ、ソフィアの魔術により、ライが使おうとしている魔術を全て相殺される。


そして、動けぬライに大剣を振りかぶったレオンと、同じく剣を強く握り締めたルークが迫るのだった。


「もはや、ここまでか……エースブ様。お先に失礼し……」


ライは最期の言葉を言う事も出来ぬままレオンとルークに斬られ、灰となって崩れ落ちた。


それはエースブが消えた時と同じであり、倒した後もオリヴィアが気配を探し、逃げ出していないかを確認するのだった。


「……大丈夫です。虚実の魔王の気配は完全に消えました」


オリヴィアの言葉に全員が息を大きく吐き、次なる作戦を立てるのだった。




ライが消えた場所から遠く離れたオリヴィアの教会にて、エースブはいつもの様にディズルムの足に頭を乗せながら、ペイナの差し出すフルーツを食べていた。


そして、ライが消えた瞬間に、口元を歪めて起き上がりながら嗤う。


「……ふ、ふふふ、フハハハハ!! そうでなくては! 面白くない! 精々挑んで来い。勇者ルーク、そしてその仲間たちよ! なけなしの勇気を胸に灯してな!!」


エースブは子供の姿から成長し、髭を貯えた大人の姿へと変わった。そしてかつて勇者たちが討伐した時の様に黒い鎧とマントを身に纏い、高らかに嗤うのだった。

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