第15話『へっ、そんなへなちょこ攻撃当たんないよーだ!』
未知の恐怖を体現した魔王ノルンが現れた翌日。
オリヴィアのいる教会で事件が発生した。
ルークや所用で離れていたオリヴィアを呼び出したのはソフィアであり、何事かと集まってみれば中庭でエースブを地面に転がし、それを踏みつけながら叫ぶソフィアが居たのである。
既に状況は混乱していた。
「オラ! 降りてきなさいよ! あんたァ!」
「ヘンっ! そっちがこっちに来なさいよ! あ。わかったぁ。こーんな小さな木も登れないんだぁ。へぇー。だっさっ!!」
「こんのクソガキがぁぁあ!! 今に見てなさいよ!」
「うわっ、キモッ、マジになってる。嵐よ。アイツを吹き飛ばして」
「っ! 何すんのよ! このクソガキ!」
「べーっだ。口ばっかりでなにも出来ないんだね。分かったらさっさと降参したらぁ? エースブ様を解放してさ」
「アンタが降りてきたら、このゴミを解放してやるわ!」
「ふげっ」
「あー! またエースブ様踏んだぁ!! もうこんなオンボロ教会全部吹っ飛ばしてやるから!」
そう。それはまさに嵐という言葉がよく似合う。ドタバタと、ワイワイきゃいきゃいと激しく動き回る少女たちの惨劇であった。
ソフィアの足元にはボロボロになり横たわっているエースブがおり、ソフィアが怒る度に踏まれ、うめき声を上げている。
ペイナはソフィアの足元でエースブを助け出そうとしているが、上手くはいっていないようだ。
そして問題の少女は、やや大きな木の上からソフィアを挑発している様だった。
「さて。困ったものだね。どうにか出来ないか? 勇者ルーク」
「うわっ! どこにも居ないと思ったら」
「ふふふ。不思議だろう……?」
「いや、こんな問答やってる場合じゃないだろ。それで何がどうなってこんな事になってるんだ」
騎士レオンの問いに答えたのは、聖女オリヴィアであった。
彼女はルークやレオンよりも早くここに戻ってきており、ペイナから事情を聞いていたらしく、二人にもその事情を伝える。
「それが、私が居ない間に、災害の魔王ディズルムさんが現れた様で、最初はペイナさんとディズルムさんでエースブさんの取り合いをしていた様なんです。そこにソフィアさんが現れて、両腕を引っ張られているエースブさんを助けたそうなんですね。しかし、エースブさんがソフィアさんに助けるのが遅いと言って、そのままソフィアさんに倒され、この様な事に……」
「エースブ様から離れなさいよ!! オバサン!」
「誰がオバサンか! 私はまだ十六よ!」
「へぇーまだ十六なんだぁ。ガキじゃん」
「アンタの方がガキでしょうが!!」
「はいはい。ガキガキ。ガキですよぉー。それでぇ? そのガキ相手にキーキー叫んでるオバサンはぁー。何なのかなぁ。行き遅れって奴ぅ? キャハハハ。結婚もできなーい。恋人もいなーい。カワイソー。寂しい人生だねっ!」
「くぅおんの!! クソガキがぁぁああ!!」
怒りに震えるソフィアは、足元に落ちていたエースブを器用に持つと、それをディズルムに向かって投げつけた。
当然の様に風の魔術で加速させ、それ自体が魔術による攻撃かと思われるほどの威力でだ。
「あぁっ! エースブ様!」
「かかった!!」
ディズルムにとって最も敬愛する存在であるエースブが、その様な扱いをされれば見過ごす事など出来るはずもなく、ディズルムは木から離れ、空中へと跳んだ。
そして、綺麗にエースブを抱えると、地面に降り立とうとして……背中から発生した暴力的な風によって吹き飛ばされ……ソフィアの足元に転がってきた。
「いらっしゃーい」
「ひっ!」
ルークはつい先日から感じている、ソフィアやオリヴィアとエースブたち。どちらが魔王なのだろうという言葉を飲み込んだ。
無論、横に立っているオリヴィアが怖いから言わなかったという事ではない。
断じてない。
だが、エースブに溜まっていた気持ちを吐き出してから、オリヴィアは行動が過激になっている様な所があり、滅多な事は口にしない様にしようと考えるルークであった。
「くらえ!! クソガキぃぃ!!」
「へっ、そんなへなちょこ攻撃当たんないよーだ!」
そして、現実逃避をするようにルークはオリヴィアから視線を逸らし、再びソフィアを見た。
どうやら地面に落ちただけでは戦いは終わらず、少女同士の争いは始まったばかりの様である。
攻撃判定され、かき消されない程度に威力を弱めた魔術を放ちディズルムを追うソフィアと、それをかわしながら小さな嵐を作ってソフィアを挑発するディズルム。
色々な意味で最悪の光景であったが、被害規模で考えればエースブやペイナの比ではない。
子供同士のじゃれ合い程度だ。
だからこそ、ルークたちは静かにそれを見守る事が出来たのであった。
「ありり? なぁにぃー。これ、お水かけて遊ぶ遊びかなぁ。キャハハハハ。世界最高の魔術師ってさぁ。こーんな水遊びするくらいしか出来ないってコトぉ? キャハハハ。おもしろーい」
「舐めんな! ガキ!」
ディズルムの挑発にソフィアは怒りを内部に秘めたまま、ディズルムの周りで水と風を巻き込んで勢いよく巻き上げた。
さながら竜巻の様に。
「うわっと。何これ。ディズルムちゃんの真似してるって事? バッカみたーい。本物の竜巻は、こうやるんだよ!」
ディズルムはケラケラと笑いながら腕を横に振るい、オリヴィアの張った魔術結界を一瞬で破壊しながら巨大な竜巻を作り出す。
そして両手を横に広げ、雨と風に全身を打ち付けながらもそれを上に振り上げた。
瞬間。竜巻は更に勢いを増して電流を纏いながら……教会を、都市を、国を飲み込む様な勢いで巨大になってゆく。
「マズイ!!」
子供の遊びから、一気に国や人類を巻き込む大災害へと発展したディズルムの行いに、ルークは誰よりも早く駆け出し、それに続く様にオリヴィアとレオンも駆ける。
力を抑えていたとは言え、自信作である竜巻を一瞬で破壊され、自分どころか世界を飲み込む様な竜巻を見せられたソフィアは腰が抜けてしまい、声にならない声を上げながら、ただ自らを飲み込もうとする竜巻を呆然と見るばかりであった。
そして……その場に留まっていた竜巻は、ディズルムの指に合わせて、少しずつ動き始める。
「じゃあさぁ、じゃあさぁー。覚悟はいーい? 世界最高の魔術師さん」
ディズルムは邪悪に嗤い、これ見よがしに動かしていた指を腕ごと振り下ろした。
まるで首に乗せた剣を振り下ろす様に。
「逃げろ!! ソフィア!!」
「ぁ、ごめ……るーく」
絶望は轟音と共にソフィアへと迫り、もはやルークも間に合わない。
「キャハハハ! 全部壊れちゃえ!!」
「やめんか」
と思われた瞬間、竜巻が空に浮かぶ暗雲ごと真っ二つに割れた。
それを成したエースブは何でもない事の様に、ディズルムの頭を軽く叩いた後、腕を組んで偉そうに口を開く。
「まったく。お前は成長せんな。ディズルム」
「ぇう? エースブさま?」
「人類を滅ぼしては、我らも存在できんと何度も言っておるだろうが。手加減せい。手加減」
「う、ぅぅ」
「そもそもディズルム。お前はな」
「わぁぁああああん!! ディズルム。エースブ様を助けようとして頑張っただけだもん!! あの女が悪いんだもん!!」
「おぉ、ぉぉ。泣くな。ディズルム。我も言い過ぎたな。すまん。そうだな。お前はよくやっている。脆弱な人間どもが全部悪いな。お前は悪くない。悪いのは人間と我だな」
「わぁぁぁああん!! きょうは一緒に寝てくれなきゃヤダー!」
「おー。分かった分かった。今日は一緒に寝てやろう」
「はぁ!? エースブ様!! それはいったいどういう事ですか!? ディズルム! 貴女! 私からエースブ様を奪うつもりですか!?」
「きゃー。こわーい。エースブ様ぁ。ペイナのババァが私に意地悪言ってくるのぉ」
「ペイナ。ディズルムはまだ子供なんだ。許してやれ」
「エースブ様!!! 騙されないでください!! その小娘はエースブ様を騙そうとしているのです!!」
「えー。ディズルム。よくわかんなーい」
「ディズルム!! そこに直りなさい! ディズルム!!」
ワイワイと、きゃききゃいと騒ぐ魔王たちはとてもじゃないが、世界を滅ぼすような存在には見えない。
どこにでもいる普通の子供の様だ。
しかし、それを見たままに信じられるほどルークたちは節穴ではない。
だからこそ、魔王が集まっているこの状況に、言葉では言い表せない恐怖を感じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます