第2話

 鉄道会社の延伸計画は順調だった。

 この辺りの地域をのぞいては。


 議員たちや地元住人、なによりチムドレンの遺族たちによる激しい反対運動により、線路がそれ以上のびることはなかった。


 神社とも言えないようなこの煙突神社にまつられているのが、「チムドレン」たちである。

 

 今から約六十年前、国内で相次いで報告されたのが、新生児の先天奇形であった。

 生まれつき、頭部の皮膚が円形に盛り上がっていたのだ。成長するにつれ皮がのび、徐々に煙突のような形になっていく。のびた皮の部分には毛が生えてこない。


 特徴のある新生児を産んだ母親全員が妊娠中に、大手製薬会社の開発した風邪薬を服用していた。

 薬品の催奇形性が明らかにされ、当該の部位は手術で切除されることになった。


 しかし手術を受けたチムドレンの全員が漏れなく息絶えてしまう。

 彼らは実は、その煙突によって酸素を取り込み、また二酸化炭素を排出していたようであった。

 

 手術を受けず、結果として生き残ることができたのが、後に「サバイバル・チムドレン」と呼ばれるようになった子どもたちだった。

 関東地方某所で、あるチムドレンが保護されたことがきっかけとなり、彼らの存在が徐々に明るみに出る。


 無償の手術を受けずにいたのは、彼らが被ネグレクト児だったからである。親に見放された結果、皮肉なことに寿命がのびたのだ。

 手術を受けないどころか、食事や水すらも十分に与えられていなかった可能性があるのだが、全員健康上の問題は見当たらなかった。


 全国各地で次々と保護されるようになったサバイバル・チルドレンたちの「煙突」は、竹のようにどんどんのびていった。

 そのうちに、一般的な保護施設では身体が収まらなくなってしまい、この山の上でひっそりと生活させるようになったという。


 彼らには食事は必要ないとはいえ、全く面倒をみないというのも気が引け、毎日食料や水を山頂に持ち運ぶ地元住人もいたという。


 彼らの頭から生えた煙突はのび続け、山の麓からでも拝めるほど高くなっていく。

 あれでは夏頃、煙突に雷が落ちるんじゃないか。

 そう囁かれるようになった頃、地鳴りが起きた。

 雷か、地震か、土砂崩れか。

 住人たちは血相を変えたが、どれも違った。


 チムドレンの体が倒れ、頭の煙突が鞭打ちのようにドスンと地面を打ち鳴らしたのだった。

 ちょうど集落の無い山間に倒れたので、被害者は一人も無かった。

 しかし、倒れたチムドレンは息絶えていた。

 様子を見に行った者が取り乱しているうちに、一人、もう一人と倒れ、頭の煙突で山をズドン、ズドンと轟かせたという。





「――ロープが張ってあるだろ。禁足地だから、あそこは」


 清水さんが指した方を見やる。

 祠のすぐ後ろに生える二本の木。それぞれが、太いロープで縛られている。ロープは向こうまでのび、また途中途中で他の木を縛っていた。

 平行した二本は、ずっと奥まで続いていて終わりは見えない。ロープで囲われたその土地に、チムドレンたちの煙突が倒れたそうだ。

 ロープで示された禁足地は、山の麓のほうまでのびているのだと清水さんは説明する。


 鉄道会社の敷こうとしている線路とこの禁足地がわずかに重なってしまうがために反対運動が起きていて、今日にいたっても延伸計画を進めることができないのであった。




 許可を貰って、祠や禁足地をデジタルカメラで撮影し、来た道をまた戻る。


 山道が終わり、コンクリート敷きの道にようやく出て、そして私はまるで大昔のコメディ映画のようにつるりと足を滑らせた。

 勢いよく尻もちをついた私を見下ろし、清水さんはからからと笑った。


 またしばらく道を進む。

 やっと駐車場が見えてきた。


「こんにちは!」


 清水さんが前方に向かって片手を上げる。


 駐車場から出てこちらに向かって歩いてくるのは、夫婦らしき男女だった。

 二人とも、三十代後半くらいだろうか。身に着けているジャージやスニーカーや髪型が小洒落ていて、(地元民には失礼ながら)このあたりの人間ではないように見えた。


「これから登るの? さっさと行って、さっさと下りてくるんだよ。暗くなっちまうから」


 清水さんは気さくに話しかけているが、知り合いというわけではなさそうだ。


「この人なんか、さっきこけたの。気をつけてよ」


 夫婦に真剣な顔で「大丈夫ですか」と心配されてしまい、私は顔を赤く染めて笑うことしかできなかった。

 その後二言三言交わすと、二人は仲良く並んで山道へと向かっていった。


「あの人たちも、煙突神社に参拝するんでしょうか?」


 目が合っても気まずいので、振り返るのを我慢して清水さんに訊いた。


 彼らくらいの年代だと、もう例の薬害事件を知らなくてもおかしくはない。だから、風化されつつある事件をもう一度世の中に知らしめるため、私は記者として奮闘しているのだ。


「ネットで広まったらしいよ、あの神社に行くと子宝に恵まれるんだって。だから最近は若い夫婦をちらほら見かけるようになったよ」


 清水さんは何食わぬ調子で話しているが、私はしばらく開いた口がふさがらなかった。


「パワースポット、ってやつですか……」


 勝手に観光地にされて、腹を立てるチムドレンの遺族たちもいるんじゃないか。

 しかし、すぐに思い直した。きっかけは何であれ、人里離れた神社に人が訪れて賑やかしてくれるのは有難いことなのかもしれない。

 チムドレンたちにとっても、遺族にとっても。


「そういえば、おたくは結婚してるの? 子供は?」


 清水さんに訊かれ、「いえ」とかぶりを振る。


「結婚はしてますが、子供はいません」


 答えると、彼は「そうかい」と言って、あっさり話をやめた。

 彼は私の「若さ」について遠慮なく触れるのではないか、「今からでも子宝神社に戻ろうか」と揶揄われるかと思ったので、少々意外だった。

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2024年12月5日 12:09

[短編] The Chim-dren ばやし せいず @bayashiseizu

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