第2話
「たいへんお待たせいたしました」
大手ファストフード店の従業員らしい笑顔を貼りつけ、男女のカップルの着くテーブルにトレーを置く。
「和風海老カツバーガーセットとチキンアボカドラップサンドです、出来立てで熱いです、お気をつけてお召し上がりください、ごゆっくりどうぞ」
機械のように口を動かし、番号札を回収して背を向けようとしたとき、カップルの男のほうに「おい、ケチャップねえんだけど」と呼び止められた。
「言ったよな? ポテト用のケチャップ!」
「すぐお持ちいたします」
頭を下げると舌打ちされた。女のほうが「やめなよ」と半笑いで窘める。
俺は駆け足でレジカウンターに入り、ケチャップの小袋を一つつかむとまたカップルの元へ戻った。
「大変申し訳ありませんでした」
再び頭を下げ、何か言われる前にそそくさとテーブルを後にした。
心の中で盛大に舌打ちし返してやりながら。
腹が立つことがあっても、我慢だ。俺は歯を食いしばってアルバイトをしなくてはいけない。仕送りを貰っていないからだ。
学費と家賃だけは親が払ってくれるけれど、食費や光熱費や娯楽費は自分で稼がなくちゃいけない。
同じ大学には、月に十五万円も貰っているやつがいるらしい。
世の中不公平だとは思うけれど、不満に思っていてもどうにもならない。大学に行かせてもらっているだけまだマシだ。真面目で勉強もできるのに家の都合で進学をあきらめた知り合いだっている。
ケチャップを提供したついでに、返却トレー置き場を片付けることにした。マナーの悪い客が散らかしていったゴミを分別していく。
すぐ横の自動ドアが開き、むわっとした外気とともに女性客一人が入店してきた。
「はあ、
独り言の大きさと赤ちゃん言葉に驚いて振り返る。
変な客が来たと思って構えたが、よく見ると胸の前に赤ん坊を抱いていた。むちむちした手足がぶらぶらと揺れている。
母親は席に着き紙オムツののぞいたトートバッグを下ろす。声量はそのままに、また自分の子どもに話しかけた。
「りーちゃん、お洋服脱いでおこうかあ?」
重ねたトレーを運びながら、半袖のカーディガンを脱がされている「りーちゃん」を盗み見る。ふっくらした頬は赤く染まり、額が汗で光っていた。
赤ちゃんも暑がるんだな、と当然のことに気付く。
そして思い出すのは、ぐるぐる巻きにされていた隣室の赤ん坊だった。やはりこの時期にあのような格好をさせられていたら、暑くてたまらないのではないか。
りーちゃんがわあわあ泣き始めた。
「はいはい、起きちゃったねぇ」
母親が、ニコニコしながらあやす。
―― そういえば。
レジカウンターの仕切りを持ち上げようとして、つい手を止める。
隣人の下手な歌は散々聞かされてきたが、赤ん坊の泣き声は聞いたことがない。
一度も。
「……」
あれは本当に、赤ん坊なのだかろうか。
もしかしたら、人形やぬいぐるみを自分の子どもと信じて可愛がっているのでは……?
「いい加減にしてよっ!」
店内に金切り声が上がった。振り返ると、六十代くらいの女性がレジの前で目を吊り上げている。
「この前も入れ忘れてたよ!?」
「申し訳ありません!」
女性に頭を下げているのは店長だった。
どうやら、ハンバーガーセットをテイクアウトしたのにポテトが入っておらず、自宅の駐車場に着いてから気がついて引き返してきたらしい。
割引率の高いクーポンと揚げたてのポテトを渡してクレーム対応を終えた店長は、すぐさまレジを一台止めシステムを切り替えた。犯人を突き止めるためだ。
俺じゃありませんように。
ピリピリした雰囲気のカウンターで接客業務を続けながら、ひらすらに祈る。
しかし願い虚しく――。
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