短編 可哀想に憧れて
虎が飴
可哀想に憧れて
私は最悪な人間だった。
真っ白な顔をしたまだまだ小さな弟が木棺に眠る。他人が涙を啜る音、そして、長い長い眠くなるようなお経を聴きながら、思ってしまうのだ。そしてだんだんと毒が回ってきたのか、プラスの感情が湧き上がる。私はおかしかった。
弟の隼人は小児ガンが原因でこの世を去った。小さい頃から、病院で過ごし友達だって多分一人もいないだろう。本当に可哀想な子供だと思う。
母は、彼が生前着ていた服を握りしめながら、精進料理をボソボソと口にする。幼い子供を失くすなんて母にとっては計り知れない苦しみだろう。それは、わかってた。
「母さん、元気出してよ。隼人もきっと母さんが笑顔の方が嬉しいって」
母の目の下にあるクマ、そしてあやふやな視線。私は弟もそして、本命の母さへも失ってしまうのかと、不安でたまらなかったのだ。
「どうして、そんなに明美は明るくできるの?」
椅子が床を擦れる鈍い音、母は私の方を見向きもせずに自室へと逃げる。
「そうだ、そうだ母さんの気持ちも考えてやれ、隼人が生まれてからずっと母さんは隼人が寂しくないように病院に通ってたんだぞ、母さんが一番辛いんだ」
「そんなの私バカじゃないから、知ってるよ」
味がしなくて、美味しくない精進料理とため息を残して、リビングを出る。
「やっと弟がいなくなった。は、は・・・」
枕に頭を埋めて、やっと本音を吐く。
「ばか、気持ち悪い」
これが自分に向けてだ。
隼人が死んでから、だんだんと苦しくなってきた。
「母さん、私今日の体育で足ひねっちゃって、病院連れて行ってくれない?」
「そんぐらい一人でどうにかしなさいよもう高校生でしょ」
そんな日常の何気ない会話が私の心に大きな傷をつける。
隼人が死んでも、母は私に対して何も興味を抱かない。なんで?なんで?
もしかして、隼人が原因じゃなくて、私自身に愛情がないの?私がいけない子だから。こんな自分じゃなければいいのに、私は震えながら、カッターを手首に当てる。
隼人が生まれてから、母さんは私に冷たくなった。
「あんたはいいね。健康で隼人は可哀想だよ」
健康であることが悪いことのように思って、いつしか自分の体を粗末に扱うようになってしまっていた。腕にいっぱいの赤い線。それは孤独と後悔の証。そしていつしか可哀想な弟を羨み、嫉妬するようになってしまっていた。それは私の心の弱さからだった。血が流れる、そしてフローリングに血の池、板の溝を通り川になる。いつしか頭はぼーっとしてきて、死んだように眠りに落ちる。
「何してんの!生きてる?」
母の大きなキンキンとした声で目がさめる。そして母は、私を抱きしめた。
「自分を傷つけないで、ごめんね。苦しかったんだよね。気づいてあげれなくてごめんね」
母は私の背中を優しく撫でながら繰り返し、私の名前を優しく呼ぶ。
私は今までで一番幸せだと思った。母の体温と心地の良い声これが私の求めていたものだったんだ。
そこからが始まりだった。そして自分勝手だった。
たくさんリスカしてオーバードーズもした。私可哀想でしょ。ただそう周りにアピールしたくて。私が可哀想な人間になると、周りが私を心配して、そして優しい言葉をかけてくれる。なんて住みやすい世界なんだろう。
そして薬の飲み過ぎで倒れて、いつしか病院のベッドの上だった。椅子に座った母は目を覚ました私を見て、涙を流す。ああ、きっと隼人もこんな気持ちだったのだろうか。
「あんた、たくさんの人に迷惑をかけて何をやってるの!母さん恥ずかしくて仕方がない、全部あんたは自分勝手」
予想外の言葉だった。母は心配してるんじゃないの、こんなに薬漬けになっている私が可哀想じゃないの。
「私、死んでいいの?」
「隼人みたいに生きたくても生きれなかった人がいるの。なんであんたは、命を粗末にするの?」
ああ、私は何をしてるんだろう。自己満のために、家族を泣かせて、迷惑をかけて次第に自分は死んだ方がいい人間なんだと思ってくる。みんな私がいない方が幸せなんだ。
医者に鬱と言われる。しかし治療しても治療しても、可哀想を羨む気持ちは何も変わらなかった。私にとってその気持ちは先天性の病のようにずっと離れない。
短編 可哀想に憧れて 虎が飴 @toragaame_06
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