答えなき夜の底で

答えなき夜の底で

 試験前夜、時計の針は鋭い音を立てて、無情にも進み続ける。部屋の中には、薄暗い灯りがひとつだけ灯り、その周りを取り巻く陰影が静かに広がっていた。机の上には、生物の教科書が広げられ、ノートが散らばり、鉛筆が転がっている。すべてが整然としているようでいて、その実、私は完全に混乱していた。試験に対する焦りと、何もかもをひとりで背負っているような不安感が、私の胸を締めつけていた。

 「間に合うだろうか?」その問いが何度も頭の中で繰り返される。目の前の教科書の文字がにじんで見える。知識の欠片すらも、すんなりと頭に入ってこない。ここにあるはずの情報が、すべて霧のように薄れていく。何度も何度も目を通しても、まるで別の言語のようにしか感じられなかった。

 テーブルの上で手を動かしているうちに、気づけば、時間がどんどんと過ぎていることに気がつく。もう深夜を回り、朝日が昇るまでの時間も少ない。だが、その限られた時間に、私は一体何をしているのだろう。頭の中では、次々に焦りが波のように押し寄せ、身体がその波に呑まれている。手を伸ばせば、何か掴めるような気がしても、手のひらには何も残らない。

 「こんなことしている場合じゃない。」私は無意識に呟くが、その言葉は空虚な響きとなって消えていった。試験が迫る中で、頭の中で正しい答えが見つからずに、ただその漠然とした不安と無力感が大きくなるばかりだった。もはや、知識の積み重ねや準備がどうでもよくなってしまっている自分がいる。その焦りのあまり、机の上に散らばったノートや参考書が、目の前に立ちふさがる大きな壁にしか見えない。

 生物――それは私にとって、長い間、強い恐怖を与えてきた科目だ。細胞分裂、進化、遺伝、どれも頭の中に残っているはずだが、それらは今や文字通り頭の中で滑り落ちていく。私は何度もペンを走らせ、ノートに書き込むが、それが何を意味しているのか、私自身が理解できていない。知識が重なり、形をなしているはずなのに、どうしても心の中で整理がつかない。

 目の前に広がる教科書を、何度も繰り返し読んでみるが、文字がぼやけて見える。それでも手を動かすのは、もうどうしようもないからだ。試験は明日。私はそれを避けることができない。ただ、無駄に焦る自分を叱りつけ、何とかしてページをめくる。しかし、目の前で動くのはただ、ぼんやりとした文字たちだけで、私の中に生きた知識が流れ込んでくることはない。

 「こうやって、また焦るのか。」私は冷静に自分を見つめることができない。目の前の事実が、私をただただ追い詰める。試験のために準備してきたはずなのに、その準備が無意味に思えてきて、すべてを投げ出したくなる瞬間がある。そんな思いが、何度も胸をよぎる。

 しかし、その思いを断ち切るために、私は再びページをめくった。その手は震えていたが、もう一度だけ目を通してみようと、無理にでも動かさなければならないと思った。時間は待ってくれない。時間は、私に対して冷徹なまでに進んでいる。試験の緊張感、そして試験を終わらせなければならないという焦りが、私を縛りつける。その束縛に耐えるために、私はもう一度ペンを取った。

 しばらくして、私は一つのことに気づく。焦れば焦るほど、逆に何も進まないということだ。私はこの試験が、自分にとって本当に重要だと思いすぎていたのかもしれない。試験が終われば何かが変わると思っていた。しかし、実際には、どんな結果であれ、それはただ一つの過程に過ぎないということに、私はようやく気づく。

 焦っている自分を見つめるうちに、少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。もちろん、試験は大切だ。しかし、それが全てではないと、今は思えるようになった。少なくとも、これだけは分かっていた。今、できることを一生懸命やること、それが一番大切だということを。

 深夜の静寂が包み込む中で、私はもう一度ペンを握り、試験の準備を進める。完璧である必要はない。ただ、今できることを、精一杯やるだけだ。明日がどんな結果をもたらすにせよ、私は今、この瞬間にできることをやりきる。それで十分だと思った。


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