第21話 さらに先へ
《無限迷宮》の探索を開始してから、まだ二十分弱。
襲いかかるモンスターの数は二十を超えて尚、止まる気配を見せない。倒した数は湧いて出たモンスターの二倍を優に超える。
「やっぱり、少しキツイかもな!」
「はい……! 休憩を挟んでる暇もありません!」
途切れる事なく現れ続けるモンスターの大群。それらを捌きながら、壁へと目を向ける。
壁に入っているのは無数の亀裂。モンスターが生まれ落ち、戦闘によって刻まれていった傷跡。それが岩壁の全面に広がりつつある。
エイルはそれを確認して、ティエラへと叫ぶ。
「もう少しでモンスターが湧かなくなる! そしたら、一気に殲滅するぞ!」
「はい! わかりました!」
冒険者として活動する上で、誰もが知っている基礎的な知識。
《無限迷宮》を含む、迷宮の大半はモンスターを自ら産み落とす事が多い。無論、例外もあるにはあるが、例外の数は一割にも満たない。そして自らモンスターを産み落とす迷宮に共通して言えることは、モンスターは壁や床、天井から現れるということだ。
迷宮は壁や床などがある程度のダメージを負うと、迷宮は壁を修復することに意識を割き、モンスターの生産が一時的に止まる。
このダメージと言うのは、冒険者が意図的に傷をつけた場合や、戦闘の影響による被害の場合などもあるが、迷宮自身がモンスターを産み落とす際にもダメージを負ってしまう。
特に《無限迷宮》は現在、モンスターの生産が活発化している『活性期』。壁のダメージはエイル達の戦闘による余波よりも、無際限にモンスターを生産した際に生じた罅の方が多い。
壁のダメージの感じからエイルが推察するに、あと五体もモンスターが産まれれば、このルーム内にモンスターが湧くことはない。
『ギャアアアア!』
「――はぁっ!」
死角から襲いかかる《小鬼》を一蹴する。
短剣を一閃させ、蹴りを繰り出す。
ただそれだけの一連の動作を繰り返していれば、《小鬼》程度のモンスターなら恐るるに足らない。
この短期間で何度も戦った経験がある。
『――ォォォオオオオオオ!』
《小鬼》の群れに混じって、《牙猪》が疾走する。
鋭い牙を携え、敵意の矛先に立つのは――ティエラ。
杖を構え、詩歌を歌い、旋律を奏でる少女を己を害する『魔女』と認定。
自慢の走力と膂力を以て、最高速度と最大出力による撃滅を試みた。
「ほいっ!」
『――ブガッ!?』
しかし、少女はひらりと身を翻し、猪は壁へと激突した。壁が砕け散った。猪は制動が間に合わず、最高速度を落とすこと叶わないまま最大出力が
破砕した壁が粉塵となり舞う中、爆散した猪の脳髄が血飛沫と共に大気に舞う。
そして、それがトドメとなった――。
「ティエラ、ナイス! これでもう暫くモンスターが湧くことはない!」
《牙猪》の自滅によって壁が砕かれた。これが決定打となった。残り五体のモンスターを生産する余裕があったこのルームに、更なる傷が加わったことでダメージが限界値に達した。
《無限迷宮》内に常にある、モンスターに――いや、『迷宮』に見られているかのような、とても奇妙で不気味な感覚が急激に薄れていくのをエイルは肌で感じた。
「それじゃあ、後は……」
「ああ。コイツらを全員殺すだけだ」
エイルとティエラの視線の先には、二十を超えて三十体ほどまで増えていたモンスター。
《小鬼》と《牙猪》の徒党。
「でも、正直……」
「あまり圧迫感が無いですね……」
《無限迷宮》は他の迷宮と比べても魔物の『密度』が高い。それこそ、上層域の最初のフロアである『岩窟の迷宮』に出現する魔物の群れの平均的な数は、他の迷宮の最終層に比肩するとも言われている。
とはいえ、本来の《無限迷宮》の上層域の群れの数は多くて十体居れば多い方だ。三十体の群れというのは活性期という特異的な期間にのみ出現する上層域における平均的な数なのだ。
だが、最近は不幸続きでこれ以上の数のモンスターに囲まれていたエイルやティエラは、このモンスターの量に対して拍子抜けしてしまっていた。
「でも、切り替えていこう。油断してると足元を掬われる可能性もあるしな」
「はい。迷宮内では常に全力で、ですよね」
そこからの二人の行動は早かった。
エイルが前線へと切り込み、モンスターの視線を自身に誘導する。ティエラは一歩引いた所で詠唱をして、魔術による多数のモンスターを一掃。
斬られて、灰へ。顔を潰されて、灰へ。首を折られて、灰へ。氷漬けにされて、灰へ――。
モンスター達が抵抗しようとするが、冒険者達の暴虐の前に手も足も出ず。
気づけば、モンスター達は屍の山を築いていた。
◆◆◆◆◆
モンスター達の胸から魔石を取り出しながら、エイルは溜め息を溢した。
「はぁぁ……。別に苦戦した訳じゃないけど、ちょっと疲れたな……。まだまだ第一層だってのに……」
「まあ潜って三分もしないうちに戦闘開始して、そのまま三十分くらい戦ってましたもんね。私もちょっとだけ魔力を使いすぎました」
同じく、魔石を取り出していたティエラも流石に疲れた様子を見せている。
無理もない話だ。余裕があったとは言え、あの数を準備運動なしに相手するのは少しだけハードだったように思える。傷は二人とも目立っていないが、体力の損耗は著しい。
「因みに今日は何処まで行くつもりなんですか?」
「うーん……出来るなら《岩窟の迷宮》の最終階層――第六層までは降りたいと思ってるかな」
「第六層……ですか」
エイルとしてはいつまでも《岩窟の迷宮》に留まるつもりはない。最初のフロアの先へと、いつかは進みたいと考えている。その為に、第六層に降りるまでの道筋を把握しておきたいと考えている。
「第七層から環境が此処とはガラッと違うし、出現するモンスターの種類も変わるから、とりあえず今日は第六層まで。…………後は、出来るなら第七層までの道を頭に入れておきたい」
「第七層から環境が変わる……ですか? どんな階層になるとかは分かるのですか?」
「一応、ね。とは言え、人づてに聞いただけだけど。第七層から第十一層は《岩樹の高原》って呼ばれるフロアが広がっているらしい」
エイル自身、実際自分の目で見たわけでは無いから知らないが、そう呼ばれているという事だけは知っている。噂程度ではあるが、岩石のようなモンスターが多いらしいとも伝え聞いている。
「なるほど……。でも、わざわざ第七層までの道筋を覚える必要があるんですか? それこそ、店に『地図』とかが売られていそうですけど……」
「あぁ……まぁ、『地図』は売られてる……。確か、前見た時は上層域の全階層の地図が売られてた……」
「なら、何故?」
苦々しい顔でそう言うエイルに、ティエラは首を傾げて問いかけた。
「……高いんだよ」
その問い掛けに対する答えは至ってシンプルなもので。
「地図一枚あたり何十万も払わないといけないんだ……。それも安くてそれくらい! 高いもの……要は下の階層に進めばその価値はウン百万まで跳ね上がるんだよ!」
エイルも一度地図を買おうと思い立って、地図の売っている店を片っ端から見て回った。
下の階層の分は流石に価値が違うというのは理解できていたので上層域――最低でも、第九層くらいまでのものは手に入れて置こうと値段を見た。
値段を見て、彼は目を点にしてしまった。
ゼロが五つも並ぶ値札を見て、腰を抜かしてしまった。
店主曰く、いくら上層のものと言えど、命懸けで取ってきた情報を安く売ることは出来ない。そもそもとして、安全に一役買い稼ぎを安定させるような情報のため、そう易々と地図を提供できないのだと言う。
その話を聞いて、エイルは納得こそしたが、それでもやはり値段には高すぎる気がしてならなかった。
「なるほど。だから、地図を自分で作ったほうが早かったという話ですね」
「そう。それに、ある程度の道さえ分かれば自分で簡易的でも地図が書けるし」
「そうすれば安上がりですしね」
「そゆこと。……っと、話してる内にもう魔石の回収も終わりか」
エイルは自分の周りにあるモンスターの死骸が全て灰になり、取りこぼしが無いことを確認する。魔石を入れた皮袋を鞄に収納して、立ち上がるとティエラの方へと視線を向けた。
「ですね。私もちょうど終わりました」
すると、ティエラもタイミング良く終わったらしく、鞄の中に皮袋を入れたところだった。
「――そんじゃ、ぼちぼち先に進むとしますか」
「はい! 頑張りましょう!」
エイルとティエラの二人は、魔石回収とほんの少しの休息を経て、更に先へと進むのだった。
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