第20話 お節介と胸騒ぎ

 翌日――予測通り、《無限迷宮ラビリンス》が『活性期』に突入したという情報が《ギルド》より公開された。新人冒険者が後を絶たないこの街では、そもそも活性期の周期を知らない者も多いため、《ギルド》が注意喚起として警告を出すのだ。

 そのせいもあってか、いつもなら冒険者でごった返している筈の入場口には、昼時にも関わらず人が少ない。


「やっぱり少ないですねぇ〜」

「そりゃあな。迷宮が一番危なくなる時期に好き好んで探索する奴なんて、相当な死にたがりか、ただのバカな奴か、俺みたいに切羽詰まってる奴しか居ないさ」

「それじゃあ、私は何になりますかね?」

「……そうだな。ただのバカじゃないか? 俺に付いてくる義理なんて無いのに、何故かわざわざ付いてきてるからな」


 エイルが悪ガキのように笑ってそう言うと、ティエラは頬を膨らませて、彼を睨みつけた。


「バカじゃ、ないです……」

「…………そうだな。悪かったよ」

「許しません! 私をバカ呼ばわりした事は、今後も忘れることは無いでしょう!」

「だからごめんって。俺が悪かったよ」


 ついにティエラがそっぽを向いてしまった。

 エイルは怒らせてしまったティエラに謝罪をしながらも、餌を蓄えているリスのように膨らんだ頬袋に意識が集中してしまっていた。

 ほんの少しの好奇心が抑えられず、エイルはティエラの頬袋を指で軽く押した。


「――ふしゅ〜」


 すると、口の中に溜まっていた空気が抜けていき、頬袋はいつものティエラの細いフェイスラインへと戻った。


「ふふっ……」

「むぅ! 笑いましたね!」

「ご、ごめん……! でも、面白くて……ふふっ、ごめんって! 痛い痛い!」


 さらに臍を曲げたティエラはポカポカという効果音が鳴りそうな力で、エイルの背中を何度も叩いた。尚もエイルは笑いを堪えきれず、ティエラは更に機嫌を損ねていく。

 そうして数分ほど、同じようなやり取りを続けたあと、ようやくティエラの機嫌が元に戻ってきた。

 許してもらえた理由は、『今度またご飯を奢る』という約束をしたからだった。ティエラはどうやら食に関して目がないらしい。尚、ちゃんと念押しとして『クリシアの真心料理はイヤ!』と明言されてしまった。


「――さて、昨日の時点でアイテムは必要分に加えて、余剰分も買い込んで置いたし。これなら、ある程度無茶をしても大丈夫そうだな」

「ですね! 私も魔力補給用の『マジックポーション』を買っておいたので、幾らでも魔術を使えます!」


 エイルとティエラはパーティを組む際、アイテムは二人で必要分を分けて持つことに決めていた。というのも、エイルはドーランとの戦闘時、自身のバックパックを捨ててしまい回収できず仕舞いで、新しいバックパックを買う余裕もなかったためだ。

 それにティエラを主な殲滅火力に据えている以上、エイルは前面に自ら出て動かなければならない。そのため、バックパックを背負う余裕か無いというのも理由だ。


 魔石に関しては、皮袋に突っ込むだけで良いから楽なのだが、如何せんその他のアイテム類は持つだけで嵩張る物も多い。

 念の為にと用意しておいたウエストバックの中には、ポーションの薬瓶が五本と逃げる際にモンスターの気を引く『閃光玉フラッシュ』が一つ入っている。

 ティエラもマジックポーションを除けば、その殆どがエイルの所持品と同じだ。


「まぁ、これだけあれば足りるだろ。一応念のための『閃光玉フラッシュ』も買っておいたし、またドーランが襲ってきて、モンスターを引き寄せた時でも、なんとか打開できる……はず。」

「じゃないと困りますね。この玉、結構な値段がしましたし……」

「だな。というか、本当なら二個だけじゃなく、もう後六個くらい持っておきたかったのが本音だけど……」

「流石に予算が足りませんでしたね」

「そうなんだよなぁ……」


 手のひらサイズの玉一個で、昨日二人で山分けした金額の半分が消し飛んでしまった。ポーションの費用も合わせれば手元に残っている金額は僅かだ。


「ハァ……活性期のうちに稼げなかったら、いよいよ赤字だぞ……。そうなったら治療費も払えないまま……」

「大丈夫! なんとかなりますよ、きっと!」

「そう信じるしかないかぁ……」


 深いため息を吐いて肩を落としているエイルとは対照的に、明るい笑顔で励ますティエラというここ数日間で同じ構図を何度も見ているような気がする。

 その事に気づいてエイルは苦笑いを浮かべた。そして、顔を上げていよいよ活性期中の《無限迷宮ラビリンス》へと乗り込もうと一歩を踏み出した――


「おいおい、そこの二人! ちょっと待ってくれ!」


 ――のだが、後ろからの呼びかけで踏み出した足を止める事になってしまった。

 後ろを振り返れば、そこに居たのは使い込まれた装備を着けた壮年の男性冒険者だった。黒の角刈りヘアーに無精髭を生やした男の後ろには、同じパーティのメンバーなのか七人ほどの冒険者が居た。


「……なんだよ?」

|無限迷宮《ラビリンス》は活性期という奴で危ないんだ! 見たところ、君たちはまだまだ駆け出しだと見受ける! もしかしたら、活性期の恐ろしさを知らないかもしれないと思い声を掛けさせてもらった!」

「あぁ、そういう……。安心してくれ、ちゃんとそこら辺も理解してるし、安全マージンもちゃんと取るからさ」

「そういうわけにはいかない! 駆け出しというのは如何にも、自分のことを過信しすぎる傾向にある! 君たちの言う安全マージンがどこまで通用するかの判断も甘いことが多い!」


 このおっさん、鬱陶しい!

 いや別にエイルもこのおっさんが悪気がある訳ではないとは分かっている。むしろ、善意100%ですよと言う雰囲気が顔から漏れ出ている。

 だが、それにしたって鬱陶しい!

 いつもなら笑顔で聞き流しているであろう、あのティエラですら頬が引き攣ってしまっている!


「……そういうおっさんは大丈夫なのかよ」

「『おっさん』では無い! 私の名前は、ルークだ!」


 ルークという名前を聞いた瞬間、エイルは思わず『その濃い顔でルークって名前かよ!』と、ツッコんでしまいそうになった。

 だが、分かって欲しい。ルークという名前を聞けば、否が応でも体の線が細い爽やかイケメン――というイメージが先行してしまうのだ。こんな無精髭を生やした線の濃いおっさんとはあまりにも逆すぎる。

 エイルは喉に出かかった言葉を飲み込んで、ルークと名乗ったおっさんへと向き直る。


「――顔に合っていないだろう! よく言われる! ははははっ!」

「――自分で言うのかよ!」


 エイルは間髪入れず、ルークにツッコミを入れた。


「なかなか個性的な方ですね……」


 ティエラは苦笑いしている。

 エイルもティエラの言葉に小さく頷きを返した。


「はぁ……それで? ルークさん達は大丈夫なのか?」

「当たり前だ! 今まで、俺たちは活性期の迷宮に何度も潜ってきた! 無論、《無限迷宮ラビリンス》にも何度も潜っているから安心してくれ!」

「へぇ……」

「君たちは何処まで潜るつもりなんだ? 俺たちは中層域まで行くつもりだが……」


 中層域――確かに、ルーク達のパーティメンバーは見た限り、全員が熟達した冒険者のようだ。剣士、魔術師、盾役――迷宮に潜るなら喉から手が出るほど欲しいバランスの整ったメンバー構成だ。

 その中でも一際目を引くのはフードを被り、荷物を背負った冒険者。昔のエイルと同じように、荷物持ちをしているようだ。

 確かにこれだけのメンバーが揃っているなら、中層域程度までなら進出できるだろう。

 無論、普段の《無限迷宮》ならという注釈がつくが。


「俺たちは一応岩窟の迷宮までで止めておこうかとは思ってるけど……」

「そうか! 上層域の最初のエリアならばまぁ安心だな! ならば俺が君たちを止める理由はない! 気をつけてくれよ!」

「あ、あぁ……アンタも気をつけろよ」


 ルークは豪快に笑いながら、《無限迷宮》へと入っていった。

 エイルの横をすれ違い様、荷物持ちであろう冒険者と目が合った。


「………………」


 数秒、互いの目を見たあと、荷物持ちは彼らの後を付いて歩いて行った。


「な、なんだったんだ?」

「さ、さぁ?」


 エイルとティエラは首を傾げた。

 あまりにも波乱すぎた。《無限迷宮》に潜る前から、強烈な疲労感に襲われるような出来事だった。


「あの人たち、大丈夫でしょうか? 中層域まで行くと言っていましたけど……」

「うーん、どうだろうな……。アイツらも結構な手練れに見えたけど、《無限迷宮ラビリンス》には絶対的な安心なんて無いからな……」


 あのおっさん達、大丈夫だろうか。

 エイルは大笑いしながら《無限迷宮》へと入っていったルーク達に一抹の不安を覚えた。


「まぁ、一先ず俺らも行くか……」

「そうですね」


 エイルは謎の胸騒ぎを覚えながら、《無限迷宮》へと足を踏み入れた。

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