第16話 いざ、《ギルド》へ

 《ギルド》とはクノッソス中の冒険者たちが集う場所。冒険者たちの登録・情報管理や、《ギルド》に寄せられた『依頼』を冒険者たちに斡旋したり、冒険者たちが倒した魔物から回収した《魔石》などを買い取ったり――。

 その業務は多岐に渡り、この《ギルド》が無ければ『冒険者』という職業は成り立たない。


 この《ギルド》は此処クノッソスの中だけでなく、他の都市にも構えられており、その支部の数はなんと驚きの五十を超えるという。

 そして、この《クノッソス》にある建物こそ世界中にある《ギルド》の総本山。


 ――《ギルド》・クノッソス本部である。


「久々に来たな……」

「そうなんですか? 私は結構頻繁にここに来てますが」


 エイル達の前に聳え立つ《ギルド》の建物がある区画は、スラムのある西区画より正反対に位置する東区画。通称、『アリアドネ区』。

 《クノッソス》の他の区画と比較しても、頭一つ抜けて発展しており、辺りを見渡せばスラムではあり得ないほどに大きな建物が乱立する、《クノッソス》の主要都市だ。


 そして、今エイルが見上げている《ギルド》の建物は、このアリアドネ区の中でも一際大きな建物であり、そして他のどの建物よりも年季を帯びたものだ。正門の上には、紅蓮の炎の中に杖と剣が折り重なるシンボルが掲げられている。

 冒険者ギルドの証、『覚悟の印』である。杖は『知恵と知識』を、剣は『勇気と勇敢』を司り、紅蓮の炎は煌々と燃え続ける『冒険者の覚悟』を表している。

 エイルにとっては既に見慣れたものだ。冒険者として何度も《ギルド》に足を運び、その度にこの証が自然と目に入った。無論、この証の意味も知っている。


「……実際、この証の意味を知って、それを実現しようっていう冒険者はどれくらい居るんだろうな」


 常々疑問に思っていたことが、思わず口から溢れてしまった。

 少なからずエイル自身は、自分はこの証の意味を実現しようとしたつもりは無いと思っている。元より、崇高な意思を持って冒険者になったわけではないのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

 ただ、他の冒険者――特に、下の階層へと進出している上級冒険者たちは、この証のように高潔な意思を持って迷宮に挑んでいるのかと、ふと疑問に思ってしまった。


「私はこの証の意味を知らないですね。何か意味があるんだろうな〜、くらいでしか考えていませんでした」

「うん、まぁ……仕方ないよ」


 ティエラは『覚悟の印』を見上げながら、のほほんとした様子で答えた。一応、冒険者登録をした際に基礎的な教養として証の意味を教えてもらう筈だが……。

 ティエラの事だ。大方、ボケーっとしながら話を聞いていたとかで、説明を聞き飛ばしていたのだろう。別に意味を知ったから何だという話ではあるし、知らないなら知らないで損するわけでもない。


「この証がどういう意味があるのか教えてくれますか?」

「まぁ、後で時間がある時にでも教えるよ」

「本当ですか! 約束ですよ!」

「あぁ、約束するよ」


 エイルが古く重々しい自分の背より二倍ほどの大きさ扉を開いた。扉を潜ればその先にあるのは、冒険者たちの巣窟だ。ともすれば、イメージされるのは小汚いおっさん共が無意味に屯し、とても規律や統制なんて取れていない烏合の衆だろう。

 酒に溺れた男の情けない怒鳴り声や、酔っ払って喧嘩を始める者たち、果ては受付嬢に絡む輩まで。とにかくあまり良いイメージは持てない。

 少なくとも、スラムで暮らす冒険者のイメージとしてはこんなものだ。


「…………どうして、こうもスラムとは違うんだ?」


 扉を開いた先に広がるのは、薄汚れた内装――などではなく、外見こそ年季が入っているものの、モダンでレトロな雰囲気に纏められた、とても落ち着きのある雰囲気のある広間だった。《ギルド》に所属している人間は皆、統一された制服に身を包んでいる。

 此処は冒険者か集う場所。鎧を着込んだ冒険者らしき姿もあるが、誰も彼もが酒を飲んでバカ騒ぎなんて事はせず、静かに談笑を楽しむ程度。掲示板に貼られた依頼書と睨めっこをして、仕事を探している者もいる。

 ただ中にはスラム上がりの冒険者も居て、騒ぎ立てている奴らもいるにはいる。だが、そんな奴には冷ややかな視線が浴びせられ、居心地が悪くなってすぐに逃げ帰ってしまう。


「相変わらず綺麗なところですね」

「いつも薄汚れた場所にいるからなのか、俺はいつも此処にいるとそわそわしちゃうけどな……」


 いつも慣れ親しんだスラムの環境ではない、より洗練された空気感が伝わってきて、エイルは居た堪れなさに苛まれていた。

 自分がドブ川に暮らす魚だとするなら、此処は川の清流に暮らす魚だ。暮らす環境が変われば、その環境に適応するのにも時間が掛かってしまう。

 特に、汚い場所に身を置くエイルにとって、この《ギルド》の清純な空気感はとても適応できそうな気がするものではない。


「早く換金して帰りたい……」


 エイルはそそくさと冒険者たちが換金待ちをしている列へと並んだ。これもスラムであれば、粗雑な冒険者達が列に割り込みして、乱闘騒ぎになっているだろう。

 だが、誰も列に割り込みなんてしないし、時間が掛かろうとも文句を言わずに待ち続けている。


(ほんと……違いすぎるな……)


 スラムとアリアドネ区の違いに愕然としながら、列に並ぶことおよそ二十分ほど。ようやくエイル達の順番が回ってきた。受付の前に行くと、黒いスーツとパンツを着こなした美しい女性が立っていた。


「テーブルの上のトレーに魔石など、換金対象の物を置いてください」

「あ、はい……」


 トレーの上に、ティエラが回収していた魔石を全て置くと、受付嬢は「お預かりしますね」と笑顔で言った後、トレーを持って後ろへと下がっていった。


「幾らくらいになりますかね?」

「うーん……まぁ、ギリギリ治療費と入院費には足りるくらい、だと思う……」


 どれだけ状態がほぼ完璧の《魔石》と言えども、それらは全て第一層のモンスターのものだ。モンスターの強度を鑑みれば、品質はほぼ最低。正直な話をすれば、本当にギリギリだろう。

 そう話をすると、ティエラは苦々しく顔を歪めて、露骨に肩を落とした。


「ギリギリですか……。結構回収したつもりなんですけどねぇ……」

「いや、あれだけ回収してくれてたのは俺にとっても有り難かったよ。正直、あの状況じゃ逃げるのに精一杯だと思ってたし……。少なくとも、俺なら一つも回収できてない」

「そうです?」

「うん。だから、ホントに感謝してる」


 ティエラに正直に感謝を伝えて、自分じゃあ彼女ほど上手く出来なかった事を伝える。

 すると、ティエラの顔にはまた笑顔が戻ってきた。良かった……と、エイルは安堵しながら、奥へと行ってしまった受付嬢を待つ。

 エイル達が雑談に花を咲かせていると、先程と同じ受付嬢がトレーに皮袋を置いて、こちらへと戻ってきた。


「お待たせしました。こちらが今回の報酬ですね」


 そうして渡された皮袋と一枚の領収書。そこに記載されている金額は全て合わせて36000オールム。医療費が大体33000オールムなので、本当にギリギリだ。

 エイルは皮袋を受け取ると、自分の持つ財布を開き報酬の半分をしまった。


「残りはティエラのだな」

「え? 私は要らないですよ?」

「そういう訳にはいかないだろ。これから俺とお前はパーティだ。報酬もちゃんと等分しなきゃフェアじゃないだろ? だから受け取ってくれ」


 本来ならゼロの筈の報酬があっただけでも万々歳。半分にしてしまえば、治療費などは払えなくはなるが、別に今すぐ全額払わなくてはならない訳ではない。

 治療費の支払い期限は一週間。それまでに残りの金額分――武器を新しく買うのにだいたい2000オールム掛かるから、だいたい17000オールムほど稼げば良い計算だ。

 今日の分の探索を休んだとしても、残り六日もあれば少し深い所に潜って、稼げば良い。それが冒険者というものなのだから。


「でも、色々出費があるのはエイルの方では……?」

「そりゃあ、出費は嵩んでるけどさ……別に、また《無限迷宮ラビリンス》に潜れば、その分の代金は稼げるよ。だから、何も言わずに受け取ってくれ」

「そういう事なら…………」


 ティエラは渋々と言った様子で、残りの全額を受け取った。どうにも、この少女はスラムで冒険者をやるには優しすぎる気がしてならない。他の冒険者なら良いカモにされて、報酬なんて一銭も貰えずに使いっ走られる未来しか見えない。

 事実、今も全額エイルの治療費に充てるべき――と考えているのか、どうにも腑に落ちていない様子だ。


「さて、と……この後はどうするかなぁ……」

「迷宮には行かせませんよ!」

「行かないよ……。とは言え、武器を買いに行ったあとする事もないしなぁ……」


 この後は《錬鉄の竈》に行って武器を買ってしまえば、その後はティエラの目もあるので、《無限迷宮ラビリンス》にも潜れない。一日中、暇を持て余す事となってしまう。

 どうしたものか――そんな風な事を考えていたからか、エイルは自分の元へと歩いてくる人影に気づかなかった。


「なら、これから私の用事に付き合ってもらえるかな? エ・イ・ル・君?」

「…………あっ」


 肩を叩かれ、振り返ってみれば、そこには笑顔なのに目が笑っていない《ギルド》の受付嬢が立っていた。

 その姿を見た途端、エイルは全身の血の気が引くのを感じた。顔を青白くして、肩をガクブルと震えさせながら、自身と同じくらいの身長の女性の顔を見た。


「お、お久しぶり、ですね……ルニアさん……」

「うん、久しぶりだね。それじゃあ、少しだけお話をしようか」

「い、いや……あのぉ、俺……これから武器を買いに行かないと…………」

「話せる……よね? だって、さっき買い物の後する事ないって愚痴言ってたもんね?」

「はぃ……」


 何も言わせぬ圧を放つルニアの言葉に、エイルは声を尻すぼみにさせながら、おとなしく頷いた。


「あーっと……すまないけど、少しだけ待っててくれ……」

「は、はい。分かりましたけど……」

「じゃあ、こっちで少し話そうか」


 ティエラに待たせる事を謝罪しながら、エイルは前を歩いていくルニアに付いていった。

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