第15話 退院して
翌日、エイルは自分の荷物を纏めて、病室を出た。
時間帯は早朝。外に見える街はまだ人が疎で、目覚めきっていない街の景色が広がっている。
(……自分のやりたいこと、か)
昨日のティエラの言葉が、今もエイルの胸に蟠りを残していた。
『金を稼ぎたい』というのは嘘偽りない、エイルの本心からの目的のはずだ。
だが、ティエラはあの時、エイルのやりたい事がまるで別にあると分かっているかのように、本当にやりたい事はなにかと聞いてきた。
その言葉がずっと脳裏を掠めている。
「……金を稼ぐ以外、あんまし考えてなかったなぁ」
金稼ぎに夢中になっていたエイルには、自分のなにを優先しても叶えたい夢がない。いや、正確に言うならばそんな『夢』を見ている余裕が無かった。
だから、ひたすらに金稼ぎに夢中になっていたし、その日生きる事にもギリギリだったからこそ、常に自分の生活のことばかりを考えていた。
――この機会に別の夢を考えるのも良いのかもしれない。
そんな風に考えながら、エイルは病室の外へと出ようと扉を開けた。
「おっと……? かなりベストなタイミングだったかな?」
扉を開いた先、立っていたのはリズだった。
「あぁ、すごくベストだったよ。俺の行動が読まれてんのかと不安になるくらいにはな」
「アハハっ、それは失敬! まぁ君ならある程度の行動は分かるけどね! ……もう退院するのかい? まだ早朝なんだからゆっくりしていけば良いのに」
心底、残念そうで、寂しそうな顔をするリズを、エイルは訝しげな目で睨んだ。
普通の男なら、幸薄そうなリズの寂しげな表情を見て、自分に気があるのでは――と、勘違いするだろうがエイルは騙されない。
この女は平気でそう言う顔をする。無論、目的は長期的に入院させて金を搾取するために、だ。
「断る。寝ているだけは性に合わないんだ」
「そうかい? じゃあ仕方ないな。あーあ、寂しくなるなぁ……」
チラッ、チラッ――と、こちらへと視線を送り続けるリズに辟易としてしまう。
エイルも自分のことは度が過ぎた守銭奴だと思っているが、このリズという女もエイルに比肩するレベルの守銭奴だ。
「俺はもう退院するからな。準備も終わらせたし。長居するつもりもない」
「そっか。ま、元気になったなら良かったよ」
リズは鼻で笑い、手を力無く左右に振りながら、扉の前から離れて歩き始めた。
そして、数歩扉から離れたところでエイルの方へと振り返ると、
「お金、ちゃんと払ってよ〜」
そこはやはり守銭奴。たとえ入院していた患者が退院する事になっても、金の話は忘れない。ただこれに関しては仕方ないのかもしれないが。
ここはスラム。治安なんて最悪も最悪で、代金を払おうとしない人間も多い。だからこそ、しっかりと金を払えと伝えなくてはならないのだ。……まぁ、言っても払わない人間も多いが。
だが、そこはギルド運営の治療院。代金を払わない人間には、それなりの制裁が待っているらしい。
「……出世払いは?」
「なしだよ。きっちり耳を揃えて払ってよね」
「わかったよ……」
出世払いは無し。とはいえ、今は持ち合わせがそもそも無い。入院するきっかけとなったモンスターの大群――それらを倒した魔石を少しでも確保しておくんだった……と、遅まきながらに後悔した。
ただ流石にあの状況で魔石の回収をしていたら、エイルもティエラも死んでいた可能性の方が高いわけで。金で命を買ったと思えば、安いものなのかもしれない。
「……なんか、ここ二回くらい報酬なにも無いな」
最近、どうにも運が無いような気がする。いや、元々運なんて良い方ではないし、神頼みするほど運勢を気にしている訳でもないが、それでもここ最近の不幸は異常にも程がある。
いよいよ以って、神とやらにでも嫌われてしまったというのか。
「……はぁあ、結局武器も一本失くしたしなぁ」
思い出して気が滅入る。短剣が収められていない腰の鞘を撫でながら、エイルは重い溜め息を溢した。
落とした場所は分かっている。《
もし仮にまだ迷宮内に残っていたとしても、恐らくはもう使い物にならないくらいにはボロボロになってしまっているだろう。
「武器の新調代、治療費と入院費…………。入ってくる金はゼロなのに、出ていく金は頭が痛くなるくらいあるなぁ……」
これはしばらくの間は金欠が続くかもしれない。冒険者として武器の調達を怠ることはできないし、いよいよ本格的に食事を抜くしか無くなるかもしれない。
すっかり寂しくなった財布の中身。早いところ迷宮に潜って、ある程度の稼ぎを出さなければ。
そんなことを考えて、また憂鬱になってきた。エイルは息を大きく吸い込んだ後、長い溜め息を吐いた。
「……そんなに大きな溜め息を吐いてどうかしたのですか?」
いつの間にか前に立っていたのは、精巧に作られた美貌を兼ね備えた少女――ティエラだった。
ティエラは大きな瞳を丸く見開き、首を可愛らしく傾げながら、エイルを見上げている。
「いや……魔石の回収できなかったなぁって思ってさ。入院費と治療費、それと武器の修繕費とか、失くした武器の新調代……。色々の出費が重なって落ち込んでただけ」
「魔石、ですか?」
「そうそう。それがあれば、ある程度お金の調達はできるんだけど……。如何せん、あの状況じゃ魔石の回収なんてできるわけもないしな……」
愚痴を溢したところで、結局金が無い事実は変わらないのだが、この不満は誰かに聞いて欲しかったのでちょうど良かった。
今後しばらくはそこら辺の雑草でも食いながら、上層域である程度魔石を回収するしかない。
そう考えれば、余り休憩している時間は無い。
このままでは人としての生活基盤を失いかねないという一大事だ。
「とりあえず、今日はこのまま《
「でも、リズさんには暫くは体を休めるよう言われてたはずでは?」
「言われてるけど仕方ないだろ? このままじゃ、アイツが大好きな金を俺は払えないんだ」
きっと退院後すぐに迷宮へ向かったとなれば、リズは声高々に不満を噴出させるだろう。なぜ、自分の忠告を無視したんだ――と言う類の言葉で責め立ててくる。
エイルとて別に退院して間もない体で、迷宮に潜ろうなんて気は無かった。だが、そう仕方ないのだ。なにせ金が無い。
エイルが自分にそう言い聞かせていると、ティエラがなにやら懐をゴソゴソと漁り始めた。
「……なにしてるんだ?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいねぇ……」
あれでも無い、これでも無い――と、懐から様々な物を外へと投げ出していく。
謎の空き瓶や、食いかけのパン、無地の羊皮紙などなど一体どこにしまっていたのか不思議な物ばかりが出てくる光景に、エイルは思わず顔を引き攣らせた。
そして、美少女の動きが止まったかと思えば、ゆっくりと取り出したのは謎に大きく膨らんだ皮袋だった。
それをエイルへと手渡しながら、ティエラは皮袋の口を開けた。
「これ、は……」
「《魔石》です!」
皮袋の中に見えたものを見て、エイルは硬直した。
そこには見覚えのある紫紺の石が溢れ出さんばかりに入れられていた。
満面の笑みを浮かべるティエラの顔と皮袋の中の《魔石》を交互に確認する。
「ど、どうやって……回収したんだ?」
「魔術でモンスターを殲滅している時に、近くに落ちてた回収できそうな魔石だけを回収しておきました! 多分、オークの魔石も回収できてると思います!」
「そ、そうか……」
「これで今日は休めますよね?」
ティエラの言葉を聞いて、袋の中に入っている《魔石》をよく見る。数にして、およそ二十個ほどと言ったところだろうか。
その中には他の《魔石》よりも一回りほど大きい魔石が三つほど混じっている。恐らくはこれが、オークの《魔石》なのだろう。他の《魔石》と比べても、一際強い光を放つそれを手に取り、よく観察する。
どれもこれも傷一つ付いてないほぼ完全な状態に近い。加えて、これだけの数だ。治療費と入院費には足りるだろう。武器は……まぁ、どうせ《錬鉄の竈》の一番安い粗悪品を買うから、足りるだろう。
「こんなに……良いのかよ。お前の取り分だってあるんだぞ? それに……俺に何も言わず持っておけば良かったのに……」
「どうしてですか? 私たちはパーティ……つまり、仲間になったんですよね? なら、仲間が困っている時に助けるのは当然でしょう?」
なんの迷いもなくそう言ってのけた少女に、エイルは一気に顔に熱が籠り始める。熱くなる頬を押さえながら、優しく笑みを浮かべる少女に対して、
「ありがとう……。それと、ごめん。正直に言って助かるよ。今度、絶対に別の形でティエラにお礼するよ」
「お礼なんていらないです。私たちは仲間なんですから、これからもお互いに助け合っていきましょう?」
今まで出会ってきた冒険者たちとは根本的に違う考えをしているティエラに、エイルは戸惑いながらも、静かにこくりと首を縦に振った。
仲間……今まで、利用されるだけ利用されて、最後には裏切られてきたエイルには縁遠いものだと思っていた。
心のどこかでは、まだティエラを信用するのは怖いと怯える自分がいる。だが、ティエラという少女を信じても良いのかもしれないと思い始めていた。
「そう言えば、この《魔石》ってどうやってお金にするんですか?」
「……あぁ、これは《ギルド》に持っていけば、換金してくれるんだ」
「なるほど……!
「じゃあ、一緒に行くか」
そうして、二人は《魔石》を換金するために《ギルド》へと向かうのだった。
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