第9話 決意と悪意の争乱へ

 虐げていたはずの少年が吠えた。

 侮蔑の対象だったはずの、搾取される側だったはずのエイルが面を上げた。

 腹が立つ。胸の中にあるこのしこりは一体何だというのか。考えても分からないが、一つだけドーランには言えることがある。


 ――【灰被り】を殺さなくてはならない。


 どんな手を使っても、どんな策を講じても。それが例え他の仲間を犠牲にするような選択であっても。だって、あの二人は利害が一致しているだけの利用できる都合の良い駒なのだから。

 仲間は利用するだけ利用して使い捨てる駒。

 チェスでポーンを相手に取られたところで動揺するだろうか。仲間はポーンであって、自分はキング。自分キングさえ生き残っていれば、勝てるまで幾らでもポーンも他の駒であっても捨てる。

 それが冒険者というものであって、戦いを巧く立ち回る秘訣だとドーランは自負している。


「お前が俺を倒す……? 勝負だって……? 片腹痛いぜ、【灰被り】! 俺はお前と違って、冒険者として戦い抜いてきた自負がある! 自信がある! お前に負ける道理なんてこれっぽっちもねぇんだよ!」


 ドーランお前エイルを否定する!

 冒険者は生きてこそ、幸せになる。栄光も、名声も要らない。誇りなんて犬にでも食わせてやれば良い。


「たとえ惨めでも俺に跪いて、犬みてぇに舌出して擦り寄ってれば死なずに済んだのにな! この世界は弱肉強食! 弱い奴らは搾取され続け、強い奴には逆らえないと、スラムで育ったお前も知ってると思ってたが違ったらしい!」


 全てに絶望して、どんなに嘆こうとも、弱者はただただ強者に利用され尽くす。骨の髄までしゃぶられ、心すらも摘み取られていく。

 それがこの世界の摂理であって、真実だ。

 反抗しようなどと考えるな。従順な下僕であり続けることが生きるということだ。


「なぁ……エイル。その女を守って、お前になんの利があるって言うんだ? どうせ、自分も殺されるだけの癖して……楽に殺してやるっていう温情も掛けたのに、それのなにが気に食わない?」


 自分の提案は魅力的なはずだ、と。

 負け犬として常に下にいたお前が今更なにをするつもりなのか、と。

 ドーランは問う。

 そして、エイルからの返答は短い言葉一つだった。


「……その全部だ」


 エイルは全てを否定した。


「別に利害なんて無くても良い。ただ、お前たちの全てが気に入らない。人を利用するだけ利用して、ただ上から見下しているお前らが嫌いだ。そして、俺の全てが気に食わない。救われることを望んで、呆然と待ち続けた俺が嫌いだ」


 相手も、自分も否定する。


「だから、俺は戦うことにした。俺が巻き込んでしまったティエラを死なせないために、俺がただの負け犬じゃないんだと証明するために!」


 エイルの顔にもう迷いの色は無かった。

 苦渋を飲み込み、辛酸を舐めていた頃の面影はすっかりと消えてしまっていた。


「だから、俺は勝つ!」


 短剣の刃先を向けながら高らかに宣誓するエイルを見て、黒い感情がドーランの中で渦を巻き始めた。


「そうか……そうかよ……。結局、お前もの人間だったって事なのかよ!」


 殺す。殺して、殺して殺して殺して――殺し尽くす。

 泣いても、喚いても、逃げても、祈っても――必ず殺してみせる。

 この感情に名前を付けるとするならば、きっとそれは――



◆◆◆◆◆



 押し問答は終わり。

 もう一本の短剣も抜き放ち、構える。

 ティエラも周囲を徘徊するノーガとダレフを見ながら、魔力を高めている。


「――やれ」


 合図は一瞬。

 仲間への合図をするとともに踏み込んできたドーランの剣を、左の短剣で受け流す。勢いづいたドーランの体は左から右へと傾く。流れるように短剣を前へと突き出した。

 完璧な反撃カウンター。ドーランの顔前へと迫った切先。

 しかし、一振りの剣が短剣とドーランの間に割って入った。ドーランの防御が間に合わないと判断してか、犬の獣人が短剣の刃部分目掛けて剣を上から叩きつけていたのだ。


「させるかよぉ!」

「……ッ、ノーガっ!?」


 短剣はエイルの手を離れ、無常にも地面に突き刺さる。完璧なタイミングでの援護。たった一言の言葉だけでドーランの突撃を読み、自分のの動きを阻害してみせたダレフに、エイルは驚愕を顕にする。

 ドーラン、ノーガ――と、来れば残るはドワーフ。構えるは大剣。防御に回った左の刃と、たった今下に刃を叩き落とされた無手の右。

 防御が、できない。ダレフが振るった大剣の侵攻を防ぐ手段をエイルは持ち合わせていない。無抵抗のまま、肩口から斜線に撫で下ろすようにして斬られて、血飛沫をあげて死亡。

 そんな結末を幻視してしまった。だが――


「【至れ、破邪の聖壁かべ。魔を退ける盾を此処に】――【聖天の光盾ルクス・クトゥム】!」


 魔力の障壁がダレフの大剣を弾いた。ダレフの顔に衝撃の色が浮かぶが、エイルは驚いている様子はまるで無かった。それどころか、展開された障壁に合わせて、ノーガの腹部に右肘を撃ち込んだ。

 流れるように身を翻して、ドーランの頬へと蹴撃をお見舞いする。


「ぐがっ!?」

「――――ッ、エイ、ル!?」


 地面に落ちた短剣を手に取り、魔力の盾を召喚してくれたティエラへと目を向ける。

 魔術を行使した直後のティエラ目掛けて、大剣を弾かれたダレフは斬撃を振るった。しかし、それをティエラは軽々と回避して、大剣の攻撃が届かない距離まで後退している。


 距離を測る。エイルと背を向けたダレフとの距離はおよそ十メートルほど。その距離をたったの一歩で掻き消し、ダレフの頸へと右の刃を横薙ぎする。

 エイルの接近に気づいたダレフはその攻撃を身を低くすることで回避するが、すぐさまエイルは身を捻り左の刃をしならせながら、二の太刀を叩き込む。

 それすらもダレフは大剣を盾のように構える事で防いでみせる。短剣と大剣が鎬を削り合う。鋼同士が擦れ合う摩擦で甲高い金属音と火花が散る中、


「クソったれがぁ!!!」

「――――ッ!!?」


 ダレフがドワーフ特有の怪力を持って、空中にいたエイルを上へと弾き上げた。

 高く打ち上げられた反動により体勢を崩したエイルを狙って、ダレフは長い刃を力強く一閃しようとして、


「【凍える水の咆哮。穿つ氷の礫】――【氷礫の弾丸グラス・グラリア】ッ!」


 それを許さない氷弾がダレフの横から急襲した。反射的に構えていた大剣を盾にして、魔術の直撃を辛うじて避けたが衝撃はダレフの体を貫く。

 勢いを受け流しきれなかったダレフは氷弾の進行方向にある壁へと衝突。岩で出来ている《無限迷宮ラビリンス》の壁を剥落させた。


 魔力により生じた氷片が、土煙の中にあっても尚、何処からともなく差し込む《迷宮》の光源によって、プリズムのように輝く。

 幻想的な光景の中でエイルは地面に軟着陸して、ティエラの隣まで後退する。


「……助かった。やっぱり魔術って凄いな。ティエラがいなきゃ、俺は今の一瞬で二回死んでいた。だから……感謝はしておく……」

「ふふっ……いえいえ、お気になさらず。まだ出会って間もないとはいえ、私はあなたの事を気に入っていますから。……私はただ、『お気に入り』をバカにされたから戦うんですよ?」

「なんだ、それ……? やっぱり、俺はお前のことを理解できそうにないよ」

「それでも構いません。簡単に言うなら、私も私のために戦っているので感謝は要らないという話です」


 そう言って大輪の花のように笑うティエラに、エイルは「そっか……」と苦笑いした。そして、二人は視線を互いから外し、目の前で未だ倒れぬ敵へと向ける。

 これ以上の言葉はいらない。これ以上の語らいは無駄だ。ここから先は闘いに身を投じる『冒険者』たれ。

 ティエラの透き通った声が、優しく暖かい言葉が聞こえる度、浮き足立ってしまいそうな己を律する。エイルは双刃を低く構え、ティエラは杖を正面に構える。


「おい、ノーガぁ……ダレフぅ……。まだ、くたばるんじゃねえぞ……。あの糞餓鬼どもをぶっ殺してやらねぇと気がすまねぇだろ?」

「あぁ。このモヤモヤはアイツらの悲鳴で晴らすとしようぜ、ドーラン」

「壊して、壊して、壊し尽くして……奴らに絶望と恐怖を与えて壊そう……」


 悪意は殺意へ。

 絶対的な力を見せ付けるために。

 自分たちに逆らった愚か者に天誅を下す。


「来いよ、ドーランっ!」

「私たち二人で、貴方がたを倒します!」


 戦意は決意へ。

 自分の意思を貫き通すために。

 他者を虐げてきた怪物たちに制裁を与える。


 決意と悪意の争乱が今、幕を開ける。


 ――エイル・ティエラ 対 ドーラン・ノーガ・ダレフ 開幕――

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