暗闇の中に

学生作家志望

景色

僕はどうしたらいいのか。永遠と暗闇の中に存在し続ける僕を、僕はどうしたらいいのか。


耳は聴こえた。毎日、光のない無空間に音という刺激が足されていった。


昔は僕にも綺麗な秋の景色が見えていたのに、今となっては自分の指、ありふれた光景一つ、見れなくなってしまったのだ。


でも、お母さんは僕を見捨てなかった。



「おはよう。けんた。」



「ああ、お母さん。おはよう。」



黄色のエプロンを腰に結んだ母が、優しい声で僕の「けんた」という名前を呼んで挨拶をする。何年間も続けてきたありふれた光景。挨拶を返して、1日が始まるのである。



「………それでね、新しい学校の話なんだけどさ。」


パンのトーストを1枚だけ待って、テーブルに座った母は、心配そうな重い目をして僕に話した。



「いやだ、あんな場所もう行きたくない。」



飲んでいたお茶をすぐにテーブルに置いて、僕は母に反射的な反応をした。



「わかるよ。でもね、行かないっていう選択肢は用意できないの。ごめん。」


悲しい顔をしながら、パンを小さくちぎって食べていた。今日もダメかという諦めよりも、期待をしていたことへの残念という感情がとれる。


申し訳なくなった僕はすぐに「いや、大丈夫」と根拠もなく言ってしまった。本当にダメなところだ、これが。


お母さんはたぶん、僕が無理に学校に行くことを望んでなんてない。目も同じ。病院に行く時はいつも僕にちゃんと「大丈夫?」って確認を取ってからだった。


ダメだ、考えれば考えるほどに涙が出てきそう。なんでこんなに情けないんだろう、だらしないんだろう。


学校を転々として、友達なんて1人も出来なくて。家に連れてくる友達も、「行こうぜ!」って言ってくれる友達も僕には誰も居ない。


入学する前までは「頑張ってね!楽しんで!」って言ってくれた母も、今じゃ、「頑張れる?楽しめそう?」に変わって。


お母さんの心配事の1つが僕によって毎日、増えてるんじゃないかな。近所の人からも元々居た学校の人たちからも笑われてるような、馬鹿にされてるような被害妄想までしてしまう。


僕は、どうしたらいいのか。



現実に振り回され、しがみつくこともできない人生。僕は気付いたら、暗闇の中にいた。



「目が見えないよ。お母さん………」



「そんな────。」



ある日突然というわけではなかった、ただ徐々に視界から光が失われていったのだ。


そしてついに、僕の世界が全て消えた。


黄色のエプロンをした母を見ることはもうできないし、僕の好きな紅葉を見ることも当然できない。


生きてる意味なんてあるんだろうか。あるとしたら、、それはなんなんだろう。

学校に行くこと?友達を作ること?恋をすること?働くことかもしれない。


働きたいよ、出来れば。働きたい、母のために毎日頑張ってくれた母に、親孝行をしたい。だけど出来ない。何も見えないんだから。


誰の顔も見れない世界に、ただ1人残されて、希望なんてとうに消え失せたのに。生きてて、なんの意味があるんだろうか。




「おはよう、けんた。」



ベッドに寝たきりの僕を、今日も母が起こしに来てくれた。いつもの挨拶をしながら窓を開け、朝の訪れを光がない僕にも教えてくれている。



「おはよう。お母さん。」



ありふれた光景が無くなっても、ありふれた会話は確かに存在していた。こんな少しの希望だけを糧にして重い体をくっついていたベッドから離して立ち上がった。


僕が立ち上がる時に転ばないように、母が手でそっと支えてくれ、柔らかい手が僕の手に触れていく。


僕はこの瞬間が大好きだ。心が今日もあたたまった。


「お母さん。」



「ん?どうしたの?」


「僕、今日頑張って学校行ってみようかな。」



「え!?ほんとに!?ほんとに、大丈夫なの?」



目が見えなくなって、また新しい支援学校に転校したけど、結局学校にはまったく行けていなかった。


カーテンを閉め、誰にも見えないように、常に真っ暗な中で毎日を過ごした。社会から存在を消し去り、自分をゴミのように扱ったけど、でもそれでも僕は暗闇の中に存在し続けた。


お母さんがいたからだ。お母さんがいるから僕はここに存在する。どんなに孤独でも手を支えてくれるお母さんがいるから、1人じゃない。


生きている意味なんてわざわざ探さなくてもずっと側にいる、お母さんなんだ。


「うん!大丈夫!」


見えないけど、見たことのないほど笑顔になってるな。



そんな気がした。



「頑張ってね!楽しんで!」



「行ってきます!」

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暗闇の中に 学生作家志望 @kokoa555

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