第14話 「手違い」
酷い罰を受けた。お義母さまとお父さまは、謝罪の手紙を書けと迫ってくる。
「いいえ。していないことに対して、謝ることなどできません」
私が頑として首を振らないでいると、また鞭でうたれた。
その間にも、レングナーさまからの手紙は来ているようだった。だけど私には渡されず、お義母さまがお返事を書いているみたい。
「お前という親不孝者を持った、私の不幸が分かりますか」
お義母さまはそう言って、勝ち誇った顔をしながら私を鞭打つ。
負けては、いけない。私は歯を食いしばって耐えた。
だけど、レングナーさまに、なんと言ったらいいのだろう。義母の嫌がらせであなたへの返事を書けないだなんて、書けるわけがない。
そもそも私が手紙を書いたところで、お義母さまの手に渡って、紙屑として捨てられるだけだ。
「今日、レングナーさまはいらっしゃらないそうだ」
その週末に、お父さまは不機嫌そうに言った。私は「はい」とうなだれる。
この頃には、私の気持ちも、徐々に勢いを失いつつあった。手詰まりの中で、できるだけのことはやったつもりでいるけれど。
がんばったことに結果が伴わないことが、こんなに苦しいだなんて、知らなかった。これまで私が、お義母さまにされるがままで、自分を解放する努力をしなかったことの裏返し。
「ほら見なさい。お前が意地悪な女だと、レングナーさまが見抜かれたのです」
お義母さまは、やはり勝ち誇ったように言われる。私は最後の力をかき集めて、彼女を睨んだ。途端に「なんですか、そのいやらしい目は」と、お義母さまは顔をしかめる。
「お義母さまは、どうして私を目の敵にされるのですか」
蚊の鳴くような声で尋ねると、「あなたが卑しい身分をわきまえないからよ」と、甲高い声を張り上げた。
「卑しい平民の分際で、私の娘になろうだなんて。身の程知らずなのよ!」
その言葉を聞いて、私は悲しい気持ちになった。
それはきっと、私のお父さまに対して彼女が思っていることを、そのまま私へ横流しにしただけのことだから。
それと同じくらい、腹の底から、熱いものが込み上げてきた。衝動の正体も分からないまま、私は口を開く。
「ええ。分かりましたわ」
私は立ち上がる。お義母さまへ視線を合わせ、生まれてはじめて、彼女をにらみつけた。
この人に、負けてはいけない。
「私は平民です。ですが、私の『お母さま』の薫陶を受けております」
踵を返し、自室へ戻る。お義母さまの「お待ちなさい」という声が聞こえたけれど、構うものか。
私は自室へ戻り、ペンをとった。便箋と封筒を取り出し、思いのたけを書き綴る。
お義母さまの書いた嘘には触れない。それをしたら、お義母さまの名誉を、私が直接傷つけることになる。
私にだって、憐れみの感情はある。やられたからって、やり返す必要はない。
そして手紙をしたためて、マーヤを呼んだ。
「出かけるわよ。ついてきてほしいの」
「私は構いませんけれど、どこへ行かれるのです?」
戸惑うマーヤに、私は答えた。
「レングナーさまの家よ。直接、お手紙を届けるの」
その言葉に、マーヤはしっかり頷いた。私を励ますように手を握り、「行きましょう」と微笑む。
私の無鉄砲を止めない彼女の手は、あたたかい。
「マーヤにお任せくださいませ。奥様の代わりに、お嬢様をお守りいたしますよ」
こうして、私は頼もしい味方とともに、家を飛び出した。
誰にも、出かけることを言わなかった。わずかばかりのお金を握りしめて、休日の街を歩く。外の風は爽やかで、綺麗だった。
レングナーさまのお屋敷の住所を思い出しながら、高級住宅街を目指す。今日は暖かいから、雪が解けて道はぬかるんでいた。足元に気をつけていても、どうしたって滑りやすい。
「きゃっ」
慣れない道で転んだ私を、「お嬢様」とマーヤが慌てて助け起こす。
雑踏の人々は、私たちのことなんか気にもかけないで歩いていく。それが唯一の救いだ。
私が唇を噛んで、立ち上がろうとしたときだ。
「アンナ嬢?」
ここにいるはずのない、レングナーさまの声が聞こえた。はっと顔を上げると、そこには馬車がとまっている。
そこから足早にレングナーさまが降りてきて、私のもとに跪いた。
「怪我はありませんか」
私は喉奥から込み上がる悲鳴を押し殺して、「どうしてここに」と尋ねた。レングナーさまは「そんなことはどうでもいい」と、泥まみれの私を助け起こしてくださる。
「馬車へ乗ってください。ご婦人も、どうぞ」
レングナーさまがマーヤを促す。マーヤは私とレングナーさまをかわるがわる見て、「いいえ」と首を横に振った。
「私は使用人でございます。ご主人様と同じ馬車へ乗るだなんて、とてもとても……」
そして私を見て、ほっと力を抜いた笑みを向ける。その笑みがなんだか照れくさくて、申し訳なくて、私はむっと唇を尖らせた。
「マーヤ……」
物言いたげな私を置いて、マーヤは「失礼いたします」とせかせかした足取りで歩き始めた。呼び止める暇もなく去っていく彼女を見送りながら、私とレングナーさまは顔を合わせる。
「これから、どうする?」
レングナーさまは、私の顔を覗き込んで尋ねる。私は慌ててしまって、口ごもった。だけどなんとか顔をあげて、「お伝えしたいことがあります」と、手紙を取り出した。
「これが、私の本当の気持ちです」
レングナーさまは、その場で手紙を広げた。書いたものを目の前で読まれる恥ずかしさに耐えつつ、私は彼を真っすぐ見つめる。
彼はしばらく、顎に手を当てて考え込んでいた。そして私へ視線を向けて、「アンナ嬢」と問いかける。
「先日のお手紙は、一体どんな意図で出したんだい?」
私は「手違いです」と言った。レングナーさまは困ったように笑う。
「手違い、か」
「はい。私の手違いで、嫌な思いをさせてしまったでしょう。本当にごめんなさい」
レングナーさまは目を細めて、「優しいな」と呟いた。その視線が、なんだか甘くて、私はどきりとする。
「このまま、返したくなくなった」
そう言って、彼は大きな手を差し出した。私はその手を迷いなくとって、馬車へと乗り込む。
「きみのような無鉄砲な人、僕は結構、好ましいよ」
私はその言葉に「光栄です」と返すのが精一杯だった。レングナーさまは優しい声色で、「ああ」と頷いた。
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