空が輝けば輝くほど。

@mitsuisan

第1話

あの子はよく空を見てる。

「空見るの好きなの?」

「いや別に。むしろきらい」

その割にいつもアパートのベランダに気持ち程度のチラシを敷いてぼーっと胡座をかいてる。てっきり好きなのかと思ってた。

そのときは真夜中だった。これまで夜景は高層ビルや高台から見下ろすものだと思っていたが、最近神戸に引っ越してきたぼくは、山に家が立ち並ぶことによってできる夜景を下から眺められることを知った。

雑居ビルの立ち並ぶ街の混沌としたにおいのなか、どちらかといえば海側にあるあの子の部屋から見える、ヒカリゴケのようなぽわんとした山の夜景がぼくは好きだった。

その日のあの子は前日にオーバードーズをしたので呂律もうまくまわらず、終始ぽーっとしていた。どうやら中秋の名月らしい空を見て、「おきゃくさん、よぞらのブルーの〜なんかそういうお酒に星くずを浮かべてあります〜。お好みで本日の満月を絞っておめしあがりくださいー」と、ぬるすぎるデカビタを渡してきた。

「悔しいけどおいしそうだな」とぼくが言うと満足そうにふへへと笑ってタバコに火をつけた。

あの子は毎日死にたいらしい。何のために今日を生きればいいのかわからないのだと。

毎日昇る朝日を見ては今日が始まるのが怖く、夕日を見てはまた今日も死ねなかったと思うのだ。そんな自分に後悔しつつ、夜はベランダに出て明日こそはと勇気を固めているのだ。

「そういう意味ではまあ真夜中の空はすきなほうやな。ていうか逆に空になりたいな」

「というと?」

「いろんな色になれてさ。夕方とかたまにえっっ!?っていう色のときあるやん。紫とオレンジとピンクとみたいな。ほんでみんな写真とったりしてさ。わたしそんなん許されへんかったもん。親になんでも決められてさ。自分の色なんて自分で決められへんかった。どんないろが混ざってもきれいでさ、みんなにみてもらって、ほめられて。星とかもキラキラでかわいいやん。ええよな、空は。」

それまでとは打って変わり饒舌に話し出したあの子がタバコを5本咥えて火をつけようとしたので慌てて止めた。

そしてあの子の頬を伝う涙がやけに煌めくと思ったら、夜明けが始まっていた。かすかに星の見える夜空から、よく煮詰めたマーマレードのようなオレンジ色へとグラデーションで夜の終わりを告げる。

「あーあ、きてもうた」あの子が笑う。

「お客さん、もうラストオーダーですけど」

「もう一杯だけ」

「仕方ない、じゃあ夜明けっぽいお酒のサイダー割に〜私の涙で塩味を足しました〜お好みで朝日を絞ってどうぞっ」

タバコの煙が夜風に舞って散っていく。

ありがとう。ぼくはあの子のつくるカクテルが飲みたかった。

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