世話役転生〜生きるためなら、魔王娘の世話役くらいなってやる〜
ゆざめ
第1話 転生
「はぁ、もうそんな時間か……」
枕横の目覚まし時計がピピッと高い音を鳴らし、現在時刻が午後1時であることを知らせた。
「よいしょっと」
その音を聞いた俺は大好きなサッカー漫画を枕元に置き、ベッドから起き上がる。
「んーっ」
そして、大きく伸びをし、カーテンを少し開け、外の様子を伺う。
この一連の流れが俺のルーティーンってやつだ。
「うわっ、眩し……ってか、なんで晴れてんの?」
カーテンを開けると、暖かな日差しが部屋の中に差し込んできた。
つい最近梅雨入りのニュースを見たばかりだと言うのに、空は雲1つない快晴。
普通をこよなく愛する俺からすれば、全く気に入らない空模様だ。
「起きてすぐこれは萎えるなぁ……はぁ」
その後、自分の部屋を出た俺は螺旋階段を駆け下り、玄関の全身鏡で服装を確認した。
「まぁ、白Tに黒の長ズボンなら大丈夫……だよな」
自分で言うのもあれだが、容姿は整っている方だと思う。
背もそこそこ高いし、大抵の服は勝手に似合ってくれる。
この辺りはおそらく、父に似たのだろう。
あっそうそう、俺の名前は
灰と書いて
「えーっと……」
俺は軽く身なりを整えた後、かかとを踏みつけるように靴を履きながら、ポケットから母さんのメモを取り出した。
「今日も肉じゃがでいいや」
そこには、朝早くから会社に行っている母さんの得意料理とそれに必要な材料、調理工程が事細かに記されている。
ちなみに、俺が選んだ肉じゃがの他にも、カレー、炒飯、オムライスといった定番メニューがあるが、俺は大抵肉じゃがを選ぶ。
「いってきます……って、俺1人しかいないよな」
家が静かな時点で察しがついているかもしれないが、俺には父がいない。
ここに関して言えば、普通の家庭とは言えないのかもしれないな。
でも、普通に幸せだ。
だって俺には、絶えず愛を注いでくれる母さんがいるから。
「いつもありがとう、母さん」
俺はドアを開け、ゆっくりと外に出た。
その時、
「ねぇ灰くん、財布はちゃんと持ったの?」
いつも聞く母さんの言葉が俺の耳を掠めた。
「あっ、セーフ」
俺は閉まりかけのドアに手をかけ、玄関横の棚から二つ折り財布を手に取った。
「ほんと、いつもありがとね」
母さんへ感謝の念を送り、俺は財布を右ポケットに閉まった。
「あーあ、そこは曇っとく流れじゃん」
案の定、空は澄み渡っている。
「なんか、俺の心みたいだな……なーんてね」
そんなことを呟き、俺はいつも買い物をしている地元のスーパーへと歩いて向かった。
「はぁ、この道はほんと落ち着くなぁ」
住宅地の静かな通りには、アットホームな雰囲気が漂い、近所の家の庭には季節の花が咲いている。
「わんわんっ!」
「あっ、ポチポチ。
今日も朝から元気だね」
今日も今日とて、近所の北村さん家で飼われている犬が、フェンス際から俺を呼んでいる。
「くぅーん」
小さい頃、ポチポチとは公園でよく一緒に遊んでいたため、今でも覚えてくれているのだ。
「よしよし」
俺は優しく頭を撫でた。
でも今思えば、なぜポチポチという名前にしたんだろうか。
ポチポチは、大きなゴールデンレトリバーなのに。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「じゃあね、ポチポチ」
「わんっ!」
1つ奥の通りに入ると、小さな商店が点在し、田舎ならではのまったりとした時間が流れている。
ここも割と嫌いじゃない。
「この錆びれたシャッターの田舎感……最高」
「おっ、灰くんじゃん! おはようさん」
この道を通ると、決まって精肉店のおじさんが話しかけてくる。
「……うす……」
毎度毎度こんな返ししかできない俺だけど、誰かと言葉を交わすのは嫌いじゃない。
おじさん、いつもありがとね。
「今日も気をつけてな!」
「……あざす……」
それから3分ほど歩くと、家から1番近い交差点に差し掛かった。
「はぁ、信号待ちってほんと退屈」
やることも無ければ、考えることもない。
ただただ無駄な時間。
それが信号待ちだ。
「ここからが長いんだよな……って、あれ?」
信号変わったな。
いつもはもう少し待つ気がするけど、もしかして今日の俺ツイてる?
「ラッキー」
しかし、横断歩道を渡り始めた次の瞬間、スピードを落とすことなく赤信号を直進してきた軽自動車に俺は跳ねられた。
なぜこの時の俺は疑わなかったのだろう。
こんな事象、間違いなく普通じゃなかったというのに。
それより、これまじで死ぬやつだ。
道路で頭を強く打ち、薄れゆく意識の中で俺は思った。
(……やっぱ……り……普通……が……1番……だ……)
きっとこれは、普通じゃない世界が俺に与えた罰なのだ。
全てが普通なら、俺が死ぬことはなかっただろう。
だからもう大丈夫。
俺の短い人生に、未練も後悔も残らない。
だって俺は、最後まで普通を愛して死ねたのだから。
いや、やっぱ今の嘘。
母さん。
あなたを1人にしてしまうのは、唯一の後悔だ。
ごめんね。
それからすぐ、俺の魂は天界へと登っていった。
雲の上のさらに上、天界と呼ばれるその場所には、女神プリエルがいる。
彼女は花柄の和服と自身のピンク髪をこよなく愛し、毎日の手入れを欠かさない。
人呼んで『美の女神』である。
「うーん、よしっ!
今日は黄色のシュシュにしよっと!」
足元の雲から1つを選び、艶やかな長髪を後ろでまとめると、彼女の1日が始まる。
彼女の仕事は、天界にやってくる魂に次の行き先を与える裁定者だ。
「じゃあ、君はそっちね。
君は……うん、あっちだね」
一見真面目そうに見えるこの女神。
しかしその正体は……超がつくほどの気分屋だった!
「ん? 普通が1番……?
うふふ、この子ちょっと面白いかも。
よーし、決めた!
この子をこうして、こうして、ここに……えいっ!」
何か不思議な力を使い、魂を神管に送った女神。
「いってらっしゃい」
そして、その被害者こそ、幸か不幸か俺だったらしい。
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